『Anthem』の開発迷走問題を考える

ちょっと前に話題になっていた『Anthem』開発問題。色々思うところがあるのでブログ更新してみる。『Anthem』の開発問題について知らないっていう方はとりあえず下記の記事を読んでみることをお勧めする。


kotaku.com

jp.ign.com

automaton-media.com


『Anthem』の開発がなぜここまで難航したのか。記事を読む限り相当色んな問題が発生していたようだが、気になったポイントを自分が考えるヤバい順に並べてみるとこんな感じだ。


1 『Anthem』のゲームとしての基礎コンセプトを決めあぐねる開発チーム

2  問題の多いFrostbiteを各スタジオの共通エンジンにすることに決めたEA上層部

3  エンジンのメンテナンススタッフがより重要な他のタイトルに取られてしまう問題

4  EAのゲーム開発で使用している共通ゲームエンジンFrostbiteの扱いづらさ

5  開発スタジオ間の意見対立


この問題の順序については人によって意見が分かれるところだと思うんで、他のゲーム開発者なんかとも意見交換してみたいところではある。


人によってはEAの内製ゲームエンジン、Frostbiteの扱いづらさをトップに挙げる人もいるかもしれないが、私の考えは違う。


去年書いた記事で、こんなことを書いている。

内製エンジンという選択肢は決して悪いものではなく、むしろゲーム開発者とゲームエンジン開発者が「目標」を共有した上で、なるべく近い距離で仕事を進めることが出来るという点においてはメリットが大きい制作方法だったりもするのである。

ゲームエンジンが日本と海外のゲーム開発の明暗を分けたのか? - 色々水平思考


結局のところゲーム開発はどんだけ高度な技術を持った作り手、高度な技術によって生み出された開発ツールがあろうとも、どんなゲームを作るのかという「目標」がはっきりしていなければ、それらの技術はなんの役にも立たない。っていうかゲーム内容が全然決まる前から妙にグラフィック素材ばっかりが出来てたりするゲームって往々にして迷走しがちである。


まさか、上で述べているようなことと真逆の方向に突き進んだプロジェクトがあったとは。記事の内容を信じるのであれば、まあそりゃ開発現場はめちゃくちゃなことになるよなってことで開発コンセプトの迷走を1番に挙げる。


続く2番目にはFrostbiteを共通エンジンとして各スタジオで使うことに決めたEA上層部の問題を、そして3番目には下手に共通エンジンとして全社で運用してしまったばっかりにメンテスタッフがFIFAなどの主要タイトルに回されてしまうって問題を挙げたい。


Frostbiteがそもそもクソエンジンなのが問題の根源なのでは?って人も多いと思うし、そういう意味では、4番目にしたFrostBiteの扱いづらさをトップに挙げる人も多いかもしれない。私自身直接触ったことがあるわけでもないので、想像での物言いにはなってしまうのだけど、恐らくは結構癖が強かったり、動作がそこまで安定してないエンジンなのかなーとは思うのだが、それ相応の開発実績があって、『Anthem』の開発元であるBiowareでも『ドラゴンエイジ:インクイジション』などの高評価を獲得したソフトを(たとえ土壇場の頑張りで奇跡的に仕上がったのだとしても)FrostBiteで完成させた実績がある以上、根本的にダメダメなゲームエンジンってわけでは無いのだろう。


まあそれでも『Anthem』とは決定的に相性の悪いエンジンだったことは間違い無いのだろうね。


であればこそ、やはり問題の根源はそんな開発するゲームによってはどうしようもないレベルで扱いづらくなるFrostBiteを会社全体の汎用エンジンに採用したEA上層部の判断や、エンジンのサポートやカスタマイズを依頼しても後回しにされてしまう体制に問題があるってことになるんで、私としてはこのランク付けになるわけである。


結局のところあらゆるゲームに対して万能なゲームエンジンなんてものは存在しない。ゲームエンジンを使いまわすことで開発効率が最も上がるケースはどんなケースかと言えば、前作と大して変わらない続編タイトルを作るときだ。続編タイトルであれば、一通り必要な開発環境は揃った上で、前作で発生した問題点に対して開発初期から解決のためのアプローチをすることが出来る。前作から変化が少なければ少ないほど効率は上がる。ゲームエンジンを使えば開発効率が上がるってことは要はそういうことである。一時期日本の開発会社がUnreal3を導入してもあまり成果が出なかった理由はおそらくFPSやTPSの開発に向いてるエンジンでFPSやTPSではないゲームを作ろうとしたことが原因ではないかと個人的には考えている。


今まで作ったことのない新しいゲーム、特にその規模が大きくなればなるほどに開発効率を上げることは難しい。なぜなら新しいゲームの作り方を知っている人なんてほとんどいないし、であれば当然開発データのリソースの最適解を開発初期から適切に設定するのは至難の技だからだ。商用エンジンを導入によってある部分の問題は解決したものの、また別の問題が発生してドツボにハマるなんてことはざらにある(ドラクエ11の井戸ルーラ問題とかね)。



だからこそ、開発初期で、どのようなゲームエンジン、どのような開発環境が必要であるかを見極めることはゲームを開発する上では非常に重要だし、開発途上で、出来るだけゲームエンジンを作る側と開発側が出来るだけ問題意識を共有しながら、柔軟にゲームエンジンをカスタマイズしていくことはほぼ必須と言っていいだろう。


今回の『Anthem』の開発をめぐる暴露話で個人的に衝撃的だったのは、なんやかやで海外のゲーム開発会社というものは私がこれまでつらつらと書いたようなことなんて丸々承知していて、そのゲーム開発に対する理解の深さ、リテラシーの高さこそが技術力とか市場のデカさ以前の海外のゲーム会社の強さの根源を成しているんじゃないかっていう私の勝手な思い込みの真逆を行く事例が明かされてしまったということだ。これがよくわからない聞いたことのないような開発会社ならまだしも、『マスエフェクト』シリーズやら『ドラゴンエイジ』シリーズを開発してきた名門と言っていいだろう開発スタジオ、BioWareでである。


BioWareの名誉のために言っておけば、やっぱり今回の問題は強引にFrostBiteの導入を進めておいてサポート体制を万全にしておかないEA上層部の意思決定の問題が大きいだろう。しかしそれでもそもそも『Anthem』のゲームとしての方向性や基礎コンセプトをいつまでも決めきらなかったという課題は残る。


なぜ『Anthem』はその基礎コンセプトを長い間決め損ね、迷走を重ねたのだろう。特に「飛行」の実装を巡る二転三転ぶりは目を覆わんばかりだ。「飛行」という要素は、様々な障害物を乗り越える爽快感を一時的に与えてはくれるけど、じゃあそれを軸に据えてどう面白いレベルデザインするの?ってなると相当難しいというかなり危険な要素で、『BotW』や『スパイダーマン』でいかに巧みに無制限の「飛行」ではなく、地面との摩擦込みの移動にしていたかを考えればそんなサクッと入れてはいけない要素であることはわかりそうなものなのだけど、上層部のプレゼンの受けが良かったからってんで実装を決定してしまうという。。その後も「飛行」の実装について揉めたということがむしろBioWare開発者の賢明さ、優秀さを示しているとも言えなくもないのだけれども。


2000年代以降、海外のゲームシーンは大きく発展し、それとは対照的に日本のゲームシーンは衰退傾向に陥ったりしたものだから、その理由が様々に考察されたけれども、結局のところ手付かずのネタがたっぷりあったってのが一番大きかったのかなと今は思っている。日本の格闘ゲームシーンやRPGシーンだそうだったように、後から黄金期なんて呼ばれる時代というものは手付かずの大ネタがたくさんある時代のことなのではないだろうか。『Call of Duty4』は間違いなくFPSの歴史に残るゲームだと思うが、近代戦を題材として扱うだけであれほど注目を浴びた時代というのは2019年の現在から考えればなんとも牧歌的な時代のようにも思える。(そんなこと言ったところで『CoD4』が偉大なタイトルであることは揺るがないのだが。)


今回の『Anthem』のゴタゴタのことで思うのは、海外のゲームシーンもそういう手付かずのネタがたくさんあるって意味での黄金期はほぼ過ぎつつあるのかなってことだったりする。『Anthem』ほどではないにしろ、今後は似たような事例が増えたりすんのかもなとも。