それでもPerfumeのダンスが好きな私の告白

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080909/1220932065
↑ここでケチョンケチョンに言われていますが、私はPerfumeの踊りが好きです。
とても好きです。
何故好きなのか私なりに考えてみました。

私にとっての「踊り」

まず、私にとって「踊り」とは何なのかと言えば、
それは「恥」ということになります。


踊ることはとても恥ずかしいことだと思います。


私などは人前に立つだけでも、顔から火が出そうなほどに、
恥ずかしいことなのに、人前で手足を大きく動かして
踊るだなんてとてもとても出来そうにありません。


これほど恥ずかしい行為を何故一部の人たちはあれほど堂々と出来るのでしょうか?
私にはいくら考えてもわからないのです。


そのため、私には堂々と、晴れがましい態度で踊る人たちは理解不能な人たちなのです。

私にとっての「静止」

私にとって静止や、余白などと言ったものは、最も苦手なものと言わざるを得ません。
私はできるだけ立ち止まりたくないと常に思っていますし、
余白を埋めずにはおれない人間であります。

そのため、たんなる動画を鑑賞するだけに飽き足らず、コメントで画面を埋め尽くすニコニコ動画などは
私のもっとも好むところであります。

他にもブログの炎上、2ちゃんの祭りなど、たまらなく好ましく思います。

無駄のない洗練より、ベッタベタのネタの洪水こそ私の望むところなのです。

私にとっての「リズム」

結論から言ってしまうと、私には宇多田ヒカルの踊りは劇画に見えてしまうのです。


http://blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_1ad/netsbom/10615074.jpg
↑劇画


説明すると、訴えようとするものが多すぎて重たいのです。
胃にもたれるのです。
マイケルジャクソンのダンスなどは言わずもがなです。
リズムについて何も語ってないけどまあいいのです。

私にとっての「緩急」

宇多田やマイケルのリズミカルぶりに振り落とされまくっている私に
緩急などともってのほかであることは、説明せずともお分かりになられるのではないでしょうか?


私はあまりに高度な表現にはついていけません。
意表などついてほしくありません。
もっともっと安心させて欲しいのです。
生まれてきてすいません。

私にとっての「ディティール」

元記事に貼られているバレーダンサーの踊りがいかに凄まじいものかは
いかに、ダンスに疎い私と言えどもわかります。

しかし、このような踊りはそのあまりの凄まじさに私に緊張を強いる。
これが良くない。


正座してみなきゃ申し訳ないような気持ちになるのです。
疲れて帰宅してちんたらネット見てたらいきなりこんなのに出くわすと、
生きているのが嫌になっていくのです。
トゥーマッチなのです。


ってうかディティールを解説するのに、youtubeの低解像度動画ってどうなん?って
疑問は無粋ですのでここでは申しますまい。

まとめ 私にとってのPerfume

ここまで踊りとは恥であるという私の論とともに、私の恥をさらしてまいりましたが、
もう私にとってのPerfumeの踊りがどんなものか解って頂けたのではないでしょうか?

私のような踊りを鑑賞する才覚がまるで無い人間にも踊りを鑑賞する楽しさを教えてくれたのがPerfumeなのです。


Perfumeには踊りにまつわる晴れがましさや、こちらに緊張を強いる「静止」や「緩急」や、
高度な「ディティール」がない。(私には無いように見える。)
そして、劇画のようなコッテリとして重さも無い。
私のようなはなはだ胃弱な人間にもとてもやさしいのです。


私はこれからも生きていこうと思いました。