読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自由について

ゲームの自由について考えてみよう。

ゲームの自由とは大きく分けて三つだ。

一つは時間の自由、
一つは経路の自由、
最後の一つが目的の自由だ。


これだけではなんのことやらさっぱりだろうから
一つ一つ説明していこう。


自由その一 時間の自由

時間の自由っていうのは、ゲーム中に流れる時間をプレイヤーに委ねているということだ。
強制的に画面がスクロールするゲームなんかは、ゲーム中の時間を、プレイヤーに委ねていないゲームということだ。音ゲーなんかはプレイヤーに時間的な自由をほとんど許していないゲームだと言える。



横スクロールのアクションゲームは、キャラクターが「立ち止まる」という行為が可能になっていることによって、プレイヤーに時間の自由を委ねていると言える。(強制スクロールのアクションもあるけどね。)強制スクロールのSTGよりも、横スクロールのアクションの方が、ジャンルとして長く延命しているのは、プレイヤーに自由を委ねることで、より幅広いプレイヤーが入り易いようにしてあるためだと私は考える。



RPGというジャンルは時間の自由を最大限プレイヤーに委ねたジャンルだと言える。
本来なら一分一秒を争うアクションが展開されるはずの戦闘すら、無限の時間的自由を許しているのだから(FFのATBは除外な)。



自由その二 経路の自由

二つめの経路の自由は目的へ達する筋道の自由ってことだ、
レースゲームでショートカット出来たり、アクションゲームで隠しルートがあったりするのが、
それに該当する、とういか、もっと言えば、レースゲームで広いコースのなかで、
自分なりのコース取りをすることも、経路の自由と言えるし、画面の中を自由に動けるというだけでも、画面の中という経路においては、自由を確保していると言える。

逆に経路の自由を確保していない、道筋をまるで選べないゲームがあるのかといえば、
やはり、音ゲーが、経路の自由が非常に乏しいジャンルだと言える。
パラッパラッパーなどでは経路に幅を持たせようという工夫もみれるが、
ビートマニアや、DDR任天堂リズム天国などでは、プレイヤーは自分の進む道筋を全く選べない。基本的には、決められたタイミングで決められたボタンを押すという行為しかプレイヤーに介入の余地は無い。


一般的に、自由度が高いゲームだと言われるゲームの代表格のGTAは、この、経路の自由を最大限に確保したゲームだと言える。GTAは序盤に街へでると、そこの街に特に制限もなく、縦横無尽に街を駆け巡ることができるし、目的地へと達する経路は自分の好きな道筋を辿ればよいのである。


サウンドノベルの選択肢や、ドラクエのはい、いいえの選択肢も、経路の自由の一つだと言える。
最も、ドラクエのはい、いいえの選択肢は決定的な選択においては、しばしば、はいを選ぶまで、無限にループするので、経路を確保しているように見せかけているだけで、実際の自由は無い、
しかし、たとえ見せかけであっても、ある種の選択肢を提示することで、プレイヤーに世界に介入している感じを与える、堀井雄二なりの「演出」がそこにはあると私は考える。

自由その三 目的の自由

最後の自由、目的の自由というのは、プレイヤーが何を目的にゲームをするかってことだ。
だから目的の自由の無いゲームというのは基本的に存在しない。なぜなら、プレイヤーが何をしようが基本的には勝手だからだ。


しかし、ゲームによって、プレイヤーの目的意識を強く喚起するゲームというのがあれば、
「やらされてる感」を強く感じさせてしまうものもある。多くのゲームでは、プレイヤーに目的意識をもっていただくために、様々な仕掛けが用意してあるのだ。


例えばレースゲームはレースに勝利するという目的のほかに、自分ひとりでタイムアタックに挑み、
ひたすらタイムを縮めるという目的もある。GT以降のレースゲームでは、レースで賞金を稼ぎ、そこで車を購入してさらに上のレースへ挑むというRPG的な目的意識を取り入れたゲームもある。



アイドルマスターなんかは、作り手の意図を超えてプレイヤーに目的意識を植え付けてしまった昨今の代表例と言える。もはやそこにはゲームを上手くプレイしようなんて意図すら超えた目的をもったプレイヤー達が、ニコニコ動画などでその成果物を見せ合っている。


まとめ

多くのゲームは、これらの3つの自由を組み合わせ、削ったり、広めにとったりしながら作られている。

GTAで散々自由度とうい言葉が使われたが、自由度という言葉はいい加減「ゲーム性」という言葉と同じくらい、いい加減な言葉になりつつあったので、自分なりに整理してみた。


まともに説明していたら半端じゃなく長い文章になるので、ザックリとしたまとめになってますんで、自分であとから修正、訂正、追加する部分もあるかも。
まあとりあえずこんな感じで。
自分のゲームに対する思考には基本的にこの3つの自由が絡んできます。