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宮本茂はどこにいる

ゲーム 任天堂

 ゲームクリエイター宮本茂の才能が開花したのはいつか?と問われれば俺は、彼が、「スーパーマリオブラザーズ」を手掛けた時だと答える。


 デビュー作である「ドンキーコング」も、続く「マリオブラザーズ」も、どちらも優れたゲームだが、当時のゲーム黎明期の熱気の最中にあっては、多くの優れた作品の中の一本という感じがする。そこまで突出して優れているわけではない。


 その点「スーパーマリオブラザーズ」は、明らかに同時代のその他ソフトと一線を画している。なんて言っても国内売上が681万本だ。681万本…、ドラクエだって最高が7の400万本なのに…(ドラクエ7がこんな売れたのも謎だけど)、すごいとしか言いようが無い。しかも「スーパーマリオブラザーズ」は、現代でも売れてしまう。結構前に、ファミコンミニって企画で、ファミコンのソフトがGBAソフトとして復刻されてたけど、やっぱり「スーパーマリオブラザーズ」が突出して売れていた。ファミコンミニって企画自体が期間限定だったんで、60万本くらい売れたところで、生産中止になったんだけど、定価が2000円だったのが、プレミアついて5000円くらいになっていた。そんなソフトは「スーパーマリオブラザーズ」だけだ。んで結局ファミコンミニ版「スーパーマリオブラザーズ」はゲームボーイミクロ発売と同時に再販されて結局100万本売れてしまった。


 しかし、そんな「スーパーマリオブラザーズ」はどこがそんなにすごいんだろう?宮本茂というクリエイターは、いったいどんな魔法をこのソフトにかけたんだろう?今日は、そのことを考えてみたい。


 まず、マリオの魅力として挙げられるのは、ジャンプというアクションだ。「スーパーマリオブラザーズ」における最重要アクションとも呼べるアクションだが、このアクションの発明こそが、宮本茂の天才性を示しているのだろうか?


 俺は、そうは思わない。「スーパーマリオブラザーズ」のジャンプというアクションの魅力は、宮本茂の力というより、当時の任天堂という遊びを作る組織に根付く文化がそうさせた、みたいな部分が大きいと思うのだ。そして、その任天堂独特の文化を根付かせた張本人こそが、横井軍平である。


 横井軍平という人は、遊びを作る上で、手触り感というものにとてもこだわる。大ヒットした、ゲームウォッチのアイディアを思いついたのも、出張の帰りに、近くの席のサラリーマンが、なんとなく電卓を弄っているのを見たことが発端だという。彼は、手触り感、言い換えると、手慰みって部分に遊びの根源を見出していた節がある。


 そんな彼は、ゲームというボタンを押しているだけの遊びにも様々な趣向を凝らして、プレイヤーの手触り感を演出しようとする。その中で、確立した技法が、キャラクターのアクションに慣性をつけるってことだった。


 キャラクターの操作感に独特のクセ(慣性)をつけることで、プレイヤーは、キャラクターに「重み」みたいなものを感じることが出来るようになり、その重みのついたキャラクターを自在に操る楽しみ、プレイヤーの技巧が向上する楽しみを提供していくのが、マリオブラザーズや、アイスクライマー等、当時の任天堂のゲームのお家芸とも呼べるデザイン手法だった。そんな流れの中での最高傑作とも呼べる作品が、「バルーンファイト」である。


 この説明することが非常に困難で、独特としかいいようのない操作感触をもったゲームは、横井軍平坂本賀勇岩田聡(社長です)、田中宏和という今から考えると、とんでもない豪華メンバーによって作られた。宮本茂は関わっていない。任天堂のゲームの基礎は、宮本茂ただ一人によって作られたわけではないのだ。「スーパーマリオブラザーズ」というゲームだって、任天堂という土台が無ければ、おそらくは、誕生してはいなかったのだ。ジャンプという独特の癖のあるアクションの魅力は、宮本茂一人で作られたのではなく、当時の任天堂でゲームに携わる様々な人物によって積み上げられた土台の上に成立した魅力なのだと、俺は考える。


 では、次に「スーパーマリオブラザーズ」のもう一つの特徴、「横スクロールアクション」ってことについて考えてみよう。「スーパーマリオブラザーズ」は、「横スクロールアクション」というジャンルを初めて切り開いたから凄いのだろうか?一つのジャンルの偉大なオリジネイターなのだろうか?


 残念ながらそれは違う。「スーパーマリオブラザーズ」より前に「パックランド」というゲームが出ている。「横スクロールアクション」の起源となるソフトはこれだ(←間違いです。影響は与えてますが、起源ではないです。10/28補足)そして、「スーパーマリオブラザーズ」は、明らかに「パックランド」の影響下にある。宮本茂というクリエイターは、あまり、他のゲームからの影響みたいなものを語らない人なのだが、当時のゲーム黎明期における、ナムコ黄金時代のソフト群から受けた影響は、非常に率直に語っている。当時のナムコ製ゲームは、システム的にもキャラクター的にも本当に優れていたのだ。宮本茂といえども、全知全能の神ではない。彼だって様々な物事に影響を受けながら作品作りをするのだ。


 では、「スーパーマリオブラザーズ」の優れたポイント、宮本茂の天才性の発露は一体どこにあるのだろう?横井軍平という偉大な師が築いた土台を受け継ぎ、ナムコという当時最も輝いていたソフトハウスの影響を積極的に受け、宮本茂は一体何を「スーパーマリオブラザーズ」にこめたのだろう?「スーパーマリオブラザーズ」というソフトの、一体どこに宮本茂はいるのだろう?

 
 最早ここまで来たら、答えは一つしかない。宮本茂が「スーパーマリオブラザーズ」というソフトにかけた魔法、それは、たった一つのボタンを押すことで発動する、あまりに有名なアクションのことである。


 Bダッシュだ。


 このあまりにシンプルなアクションを行えるようになったことで、「スーパーマリオブラザーズ」というソフトは、歴史にその名を刻み、世界中で大ヒットすることになったのである。バルーンファイトパックランドもどちらも名作であるのにも関わらず、「スーパーマリオブラザーズ」に売上という面では遠く及ばないのはそれが理由だ。それくらいBダッシュというアクションが、このソフトに及ぼした影響は大きい。時に、神とすら呼ばれることのある、天才クリエイター、宮本茂がその才能を見事に開花させた時、それは、マリオが鮮やかに大地を駆け抜けたその時であると、俺は考えるのだ。

追記(10/28)

マリオの売上は615万本じゃなくて681万本でした…、お恥ずかしい限りです。
訂正します。
あとloderun氏のご指摘により、パックランドが横スクロールの起源でもないとのこと。
ここも補足しときます。ご指摘感謝