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アクションゲームとシューティングゲームの違い

 前回の記事の続きです。


 アクションゲームとシューティングゲームの違いは、アクションゲームで操作するのは、多くは人間、もしくはそれに類するキャラクターなのに対して、シューティングゲームの場合は、大抵、戦闘機を操作するってことだ。



 こういい切っちゃうと、色々突っ込みの声があがると思いますが、まあまあ、ここは大体の傾向の話をしてるんで、この辺は多目にみてつかあさいや〜。(ガンスモークとか新人類とかならオイラも承知です。あとFPSとかは、今回の話だと、シューティングってよりは、アクションの範疇に入れておいたほうが飲み込み易いです。)



 人間と戦闘機、この違いはかなり決定的な差だった。その差とは何か?それは、人間は自由に立ち止まれるけど、戦闘機は簡単に止まれないってことだ。


 人間ってのは、自由に立ち止まれるから、アクションゲームってのは、スクロールするしないを自分で決められる。戦闘機ってのは簡単に止まれるものではないから、スクロールするしないを自分では決められない。だから、多くのシューティングゲームは、強制スクロールゲームになる。

 
 スクロールするしないを自分で決められるか否かっていうのは、つまり時間の主導権を、プレイヤー側が握るか作り手側が握るかってことでもある。


 横スクロールアクションゲームが、2Dシューティングを凌ぐほどの人気を獲得出来たのは、俺は時間の自由をユーザーに与えたからだと思っている。時間の自由を与えることで、上手いユーザー上手い人なりのペースで、下手な人は下手な人なりのペースで、プレイをすることが可能になる。その代表作は、もう言うまでもないと思うけど、「スーパーマリオブラザーズ」だ。(そして、その時間的自由をさらに拡大するために搭載されたのが、前のエントリで触れたBダッシュです。)


 そして、2Dシューティングが廃れた最大の原因というのは、結局のところ、時間の自由というものをユーザーに託すことが出来なかったからだと、俺は思っている。時間の自由を徹底して制限した上で、成立するタイトなゲーム性を追及することに邁進してしまった。この方向は、ハマる人にとっては最上の娯楽にもなるほどの魅力を放つのだが、バンバン人をふるい落としてしまう道でもある。(中には、時間的な自由をユーザーに許したSTGも多分あったんだとは思うけど、なんかうろ覚えだけどファンタジーゾーンとか?名作の誉れも高いし、まあでも潮流を生むほどではなかったってことで)


 だが、2Dシューティングが廃れたからといって、時間的自由を制限したゲームが売れなくなったわけではない。音ゲーというジャンルになって、未だに結構な人気を博している。(っていうか音ゲーは最近になってまた復活してきたって感じか)。


 では、時間的自由を無くしたゲームの極北が、音ゲーや2Dシューティングだとするなら、時間的な自由を最大限許しているゲームとはなにか?俺はそれはコマンド式のRPGだと思っている。RPGの中でもターン式のコマンド選択戦闘における、ユーザーへの時間の委ねっぷりは凄い。瞬間的な判断能力だったり、反射神経がモノを言う筈の命の奪い合いに、あそこまでゆったりした時間を導入してしまうとは!まあこの辺語りだすと長いんで、この話はこんなもんで切り上げます。


というわけで、以上、マリオにおける、Bダッシュの機能性を語る上で欠かせない一側面である、「時間の自由」についての自分の考えでした。Bダッシュを搭載することで、マリオはハードコアユーザーとライトユーザーに流れる「時間の差」を埋めてしまったのです。


Bダッシュについての記事はまだ続きます。