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ロンハー狩野ドッキリで思ったこと


最初に結論から言えば、この番組自体はとても面白かった。とにかくドッキリの素材として狩野は逸材としか言いようが無いと思う。ドッキリっていういわゆる「騙し」企画って個人的にはそんなに好きでは無いんだけれども、今回の番組は最後まで面白く見れてしまったのは、狩野の壮絶なまでの騙されぶりにあったのは間違いないと思う。


でも見てて引っかかる部分もあった。それは狩野の姿を笑うってことは、夢を叶えるため、チャンスを掴もうと努力する人間全てを笑うのに等しいのではないかってことだ。


確かに狩野は勘違いしまくってるし、音楽ナメてんのか?っていう言動もかなり多いんだけど、でもその手の勘違いとか増長なんて、狩野ほど酷くはないにしろ、誰でも一度は通る道だし、っていうか俺自身昔は回りナメまくり勘違いしまくりだったし、つーか今でもそんな変わってないような…。そんなこと考え始めると段々素直に笑えなくなってくるのだ。自分の身にガンガンに突き刺さる感じがして。


特に狩野を容赦なく笑うロンハーではお馴染みの女性タレント陣の姿は見ていてきつかった。女の人達からしたら男のズレた努力ってここまで嘲笑の対象になるんかと。進行役のロンブー淳は今回狩野のことを「純粋な奴」みたいな感じで若干フォローに回っていたあたり、やはり田村淳の空気読む能力は大したもんだなとか思ったりもした。


まあでもそれは彼女らが悪いってわけではなく、彼女らは彼女らで与えられた役割をきっちりこなしてるだけなんだよね。下手に同情とかし始めたらそれこそ番組として興醒めだし。


今回の狩野ドッキリは従来のドッキリの枠組みを超えた、男のズレた努力の不毛さ、滑稽さ、そしてそれに対する女性の冷淡さみたいなものを端的に捉えてしまい、シリアスなドキュメンタリー的味わいを持ってしまったように思う。


だからこの番組をみて狩野に同情的な声が集まるのは仕方ないようにも思う。


僕自身は自分に突き刺さるような痛みも含めて、というかそういう痛い部分が面白かったからこそ、最後まで夢中で見てしまった。僕にとってロンハー狩野ドッキリはそのような番組だった。