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昔のゲームは面白い、しかし新しいゲームをやるべき

 増田にこんな記事があった。 
昔のゲームが面白い派と今のゲームが面白い派が互いに理解してない事
 そりゃ20年以上の歴史の積み重ねとここ最近のゲームを比較したら、現在のほうが圧倒的に不利なのはしょうがないのだ。テトリスより面白いゲームってあるかってわりと本気で思うし。

 でも、やっぱり新しいゲームをやるべきだと思う、若い人は特に。


 なぜなら、リアルタイムでないと味わえない種類の面白さというものが、確実にあると思うから。もっといえば、リアルタイムでないと味わえないつまらなさがあるから。その記憶はその時代に生きた自分の最良の財産足りえるから。


 現在でしか味わえない面白さというのは、対戦ゲームや、協力プレイなど、皆で同時にプレイするゲームで特に顕著になる。今だったらモンハンとかかな。


 テトリスの面白さというのは言ってみれば10年後も20年後も変わらない。しかし、かつてゲームセンターやゲームボーイテトリスが登場した時の衝撃性は、リアルタイムで体験しないとわからないことだ。10年以上前に、スト2バーチャファイターがゲームセンターで盛り上がっていた状態だって今では追体験することは不可能だろう。ポケモンが大ヒットしてた時、僕は大学生だったが、その時は周りにポケモンをプレイする人が居なかったので、完全にポケモンの面白さを味わえたとは言い難い。そのことは、僕にはポケモンというゲームを語る資格が無いのではないかという、ある種のコンプレックスとして、未だに僕の中にあり続ける。ゲームの「面白さ」はある種の不変なのだけれど、そのゲームが巻き起こした「現象」はリアルタイムに経験しないと二度は起こらない。


 スチャダラパーのボーズが、ゲームの最高の周辺機器は「友人」である、という名言を言っていたが、これって本当にその通りだと思う。この最高の周辺機器の前には、過去の名作だろうが、なんだろうが、適わない。というか、「友人」という周辺機器は、つまらないゲームの記憶すら、良い思い出に変換してしまう。


 だからこそ、若い人たちはどれだけ大人ゲーマーがウザかろうと、リアルタイムで盛り上がってるゲームを素直にプレイするのが一番だと思う。若い内だからこそ経験できる「現象」に素直に身を委ねて欲しいと思う。昔のゲームは余裕のあるときとか、ちょっと目先を変えて見たい時とかにためしにやってみるくらいでも十分だ。年を重ねれば重ねるほどに、皆で顔つき合わせてゲームやってた時間がどれだけ貴重だったかって痛感することになるんだから。


 まあ、だからって自分の子供に無理やり自分の好きなレトロゲームやらせるのはどうかと思うんだけど。