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もやしもんにみる漫画のレイヤー構造

 石川雅之という人は短編集である、「週間石川雅之」を読む限り、かなり絵をキッチリ描き込む人だと思う。でも、ちょっとばかり描き込み過ぎのきらいもあって、そこにちょっとヌケの悪さみたいなものを感じたりもした。一つ一つの短編にアイディアがきっちり詰まっているだけになおさら、密度が濃すぎる感じがしてしまうというか。


 でも彼は「もやしもん」を描くにあたり、描き込みを減らし、密度を薄めるという方向性なのではなく、より密度を濃くする方向性を選んだ。


 それが菌が見えるというアイディアであり、樹教授の過剰なウンチクであり、本来なら単行本の状態では、消されるはずの欄外の編集者が言葉を入れる部分をそのまま残すところだとか、毎回毎回繰り返されるキャラクター紹介だったりする。


 驚くことに、その密度を濃くする方向を選ぶことで、彼の漫画は逆に、風通しの良い、気軽に何度でも読める漫画になってしまった。


 石川雅之という人は漫画の構造、中でも漫画のレイヤー構造というものに大変自覚的な人なんだと思う。デフォルメ化されたキャラクターとキッチリ書き込まれたリアルなキャラクターが並列して存在する漫画というメディアの特性を最大限生かすことで、密度を高めながら、ヌケの良さを獲得するに到ったのではないかと僕は思う。一冊の単行本で何度も繰り返されるキャラクター紹介だって、物語には不要だとしても、漫画空間を豊かにするという立派な機能があるのだ。


 菌が見えるというアイディアはあまり物語の本筋に絡まないなどという突っ込みが読者から入っているらしいのだが、石川雅之は物語の推進力として菌を登場させたのではなく、様々なレイヤーのキャラクターが並存する豊かな漫画空間を創出するために、菌が見えるという主人公を編み出し、そして、菌を飛び切り可愛らしくディフォルメされたキャラクターにしたのではないかと僕は思うのである。