読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界に誇る日本の技術とレイプレイ騒動はコインの裏表

 僕がレイプレイ騒動を知り、まずはレイプレイというソフトを調べてみて思ったのは、日本のエロゲ技術ってここまで来てたんだ、ってことでした。ILLUSIONのことは多少は知っていましたけど、ずいぶん遠いところまで辿りついちゃったなと。15年くらい前のファミ通にのってた架空のポリゴンエロゲー記事とか懐かしく思い出したりね。


 そして、僕は以下の記事を読んだ時にも似たようなことを思いました。


 もみじ饅頭に見る、技術大国・日本の本気:カフェオレ・ライター


 もみじ饅頭の製造機械SUGEEE!


 …まあそれはさておき、これらの二つの技術的達成を見て思うのは、良くも悪くも、世界を驚かせる日本の技術に対して、日本の技術者というのは、基本的に無自覚なことが多くないか?ということです。


 粗雑なまとめ方になって申し訳ないのですが、日本の技術というのは、内輪受けというか、昨日より今日はもうちょっと良くしようとか、ミクロレベル、短期的スパンのレベルで工夫されたり、向上がなされることが多いので、それが長期の時間の経過とともにふと気が付くとえらい遠いところに辿りついてしまい、結果的に外部から見た人間を驚愕させてしまうということがたびたび起こってしまうのではないでしょうか。


 逆にいえば、ミクロ的、短期的な部分に目を奪われがちなので、世界的水準から見た場合のこの技術の立ち位置とか、50年とか100年、なんだったら1000年くらいのスパンで見たときの自分の取り組む技術の歴史的意義みたいなものには恐ろしく無頓着なんじゃないかと思うんです。


 だから、突然外部からの視線に晒されてしまうと、どう接してよいものかさっぱりわからなくなる。そんなスゴイもんですかね?とかできればほっといて欲しいとかそっけない態度くらいしかとれなくなる。それと、外部から黒船的な存在が現れると、急に自信を無くして、日本のゲームはもう終わりとか悲観論をぶち上げたり…ってそれはもう既に過去の話でしたね、すいません。

 
 このブログで僕がやりたいと常に思っているのは、出来ることなら、外部の目に晒されるよりも前に、自分達のしていることにスゴイ達成があったのならそれを内輪の評価だけにも拠らず、外部にも伝わる形で、適切に評価したいということです。新しく、かつ高度な達成があったのなら、それに伴う問題だって必然的に発生するのだから、それに対する対処も自分達で責任を持って考え取り組もうということです。ってかこれは、ブログの範疇に収まらないな、まあいいか。


 おそらくエロゲ問題は、今後より精妙な規制のあり方に話がシフトしていくんじゃないかと思いますが、その話をするならまずは、内部の人間による外部へ向けての「説明」が一番大事なんじゃないかと思うのです。

関連

手前味噌ですが、自分なりにWiiFitのゲーム的価値の一端を「説明」出来たんじゃないかと思っている文章。
今だからこそ振り返ろう、「WiiFit」とはなんだったのか? - 枯れた知識の水平思考