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ドラクエのレベルが織りなすミニマルな心地よさについて

 RPGがここまで大衆的な娯楽になった最大の要因は、経験値という要素を導入し、それに応じてレベルが上昇することによって、誰にでも成長する喜びや、楽しさを味わえるようにしたところにあると思っている。本来なら、ゲームというものは、プレイヤー自身の技術の蓄積によって、成長を実感し、先に進むものだったのだが、経験値という数値を貯めることによって、身体的な技術という要素からゲームは脱却することに成功したのである。まあ宮本茂はそんなRPGが苦手だと公言してはばからないんだけど。


 そんな画期的な経験値システムには、どうしようもなく抱えたジレンマというか構造的欠陥というか、逃れられない特性というものがある。それは、レベルが上がれば上がるほどに、成長したという意識や実感が希薄になってしまうというものだ。


 なぜそのようなことが起こるかといえば、レベルの上昇っていうのは、数字の変動だからです。レベルが1の状態から2に上がるっていうことは、実質数値が2倍に上昇していますが、レベル2から3にあがっても1.5倍しか変動していません。レベル3が4に、レベル4が5にとレベルが上がれば上がるほどに前回のレベルから変動の幅が小さくなっているのですね。レベル96から97に上がっても違いがあるのかどうかすらよくわかりません。


 つまり、数学的事実から分かるのは、レベルが低い状態で楽しいRPG最強ということです。現代でも人気が高いドラゴンクエストポケモンを思い出してください。あの辺のタイトルって序盤が最高に楽しくありませんか?いや中盤とか終盤だって面白いんですけどね。RPGの序盤っていうのは、いきなり最強伝説でも萎えるし、あんまりしょぼかったらしょぼかったで萎えるっていう一番演出に技量がいる場面なのですが、ドラゴンクエストポケモンはその辺の序盤の成長的演出がすばらしくよくできているのですね。たとえば、初期状態のレベル1ではだいたい2回攻撃すれば倒せてたスライムが、レベルが2になることによって一回で倒せるようになる。レベルが二倍に上昇することによって、手間が二分の一に減少するという、計算され尽くした仕組みが施されているから、ドラゴンクエストの序盤は楽しいのです。


 そんなドラゴンクエストのレベル作法とは別の方向に進もうとしたんがファイナルファンタジーです。なかでもファイナルファンタジー5は成長要素に革命を起こしました。本来なら、レベルというものは、経験値という一つの軸にそった成長だったのですが、ファイナルファンタジー5では、アビリティポイントを導入することによって、二軸目の成長要素をゲームに取り入れたのです。


 おそらくファイナルファンタジー5というソフトは、SFCというハードで出たゲームタイトルで、もっともほかのタイトルに影響を与えたソフトだと僕は思っています。たとえば、ファイナルファンタジーのアビリティの一つ、「ダッシュ」、ファイナルファンタジー5以前にも早く移動できるRPGはあったような気もしますが(ないかも)、ファイナルファンタジー5以後は、皆こぞって移動速度あげましたよね。


 ちょっと脱線しましたけれども、レベルが1から2に変化することで、二回の手間がかかっていたものを一回で済ませられるようになるという、最小の成長で最大の変化を起こすこと、このミニマルな演出に僕は日本のゲームの神髄をみていたりします。そんなわけで、今後何回かにわけて、日本ゲームの成長要素というものを考えてみようと思います。まあ洋ゲー完全無視するわけでもないんですけどね。多分初代バイオハザードとかゼルダもこの延長線上で語れます。そして結局バイオ5はぶっ叩きます。