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佳主馬はカズマをどのように操ったのか?

映画

 サマーウォーズで気になったのは、格闘ゲームのチャンピオン佳主馬がキングカズマというアバターをパソコンのキーボードで操っていたところだ。普通格闘ゲームやるならゲーム機に付属してるコントローラかスティックでやりませんかね?万助が助太刀に入る時は、DSで自分のアバターを操作していたし、ゲームのコントローラで操作することは全然可能だったろうになぜインターフェースにキーボードを選んだのか?


 そしてもうひとつ気になったところとして、佳主馬の祖父の万助はOZ経由で、少林寺拳法を伝授したそうだけれども、万助はどのようにしてネット経由で少林寺拳法を伝授したのか?っていうのがある。


 万作から伝えられた佳主馬の少林寺拳法の技は、キーボードで表現できるものなのだろうか?万作の体得してる技法はネット越しに伝えることは可能なのだろうか?可能なのだとしたら、どのようなインターフェースを駆使したのだろうか?サマーウォーズという映画には、この辺のネット(仮想空間)と生身の身体の関わり方みたいなところを、悪く言ってしまえばスゴくいい加減に描いてしまっているように僕には思える。


 それに対して、サマーウォーズという映画は、ネットのインターフェースを極めていい加減に描くのに対して、現実世界のインターフェースを非常に丁寧に描いてもいる。


 例えば、家族をつなぐための象徴としての食べ物、それらを作る台所、栄おばあちゃんのつながりを表現するための古びたはがきに封筒、そこで栄おばあちゃんがつかう黒電話、詫助をぶった切ろうとした薙刀、家族で嗜む花札、そして最後に健二が問題を解くのに駆使する紙とペン



 細田監督はネットが悪くて現実が良いみたいな単純な二元論で描きたくなかったと言ってるけど本当なんだろうか?ネットのつながりを仲介するインターフェースのぞんざいな描きっぷりと比較したら、現実世界のつながりを仲介するインターフェースはどう見てももの凄く魅力的に描いているんですよ。


 とかなんとか書いてると全然サマーウォーズを楽しめなかった人の感想みたいに思われるかもしんないけど、そんなこと無かった、むしろすっごい楽しめた。どうなってんのこの映画?



 あと佳主馬が大家族と馴染めないキャラクターみたいに語ってる人を結構みかけるけど、佳主馬ってキャラはむしろネット上でこそ、人間関係を上手に築けていないキャラクターだと思うんだよ。キングカズマが負けた直後にネット上の揶揄の嵐になったのなんかを見れば一目瞭然だと思う。ピンチになった時は素直に、おじさんとかに助け求めてたりしたし、基本的に家族との信頼関係は普通に築けている。いじめは克服したけど、今度は強くなり過ぎることで、自分より弱い人との関係の上手な築き方がわかってないってのが佳主馬というキャラクターなんじゃないでしょうか。妹が生まれてくることを万助に相談するのも、自分が強い存在になることの戸惑いからでしょう。