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従来のギャルゲーとラブプラスの違い

 ゲームを操作する時ってのは最初は多かれ少なかれ「意識的に」操作するもんである。


 だって最初はボタンを押す事で何が起きるかなんて全くわからないからね。最初はだれだっておっかなびっくりボタンを押すことによって起こるリアクションを確かめながら、そのゲームの法則性を学習する。


 そうやってゲームをやり続けると、次第に特に意識を伴わなくても操作ができるようになってくる。十時キーを押せばカーソルが移動するとか、プレイヤーが移動するなんてのは、今ではほとんど無意識的に操作してる人が多いんじゃないだろうか?アクションゲームなんかは、無意識レベルでの操作が可能になることによって、そのゲームに「ハマる」ことになる。


 ギャルゲーというジャンルはこの「無意識レベルでの操作」がし難いジャンルだったんじゃないかと思っている。まあギャルゲーに限らずアドベンチャーゲームって大抵そうなんだけど、それはなぜかって言えば、操作の大半が、「選択肢を選ぶ」っていうプレイヤーに明確な意思を伴う選択を強いているからである。


 選択肢を選んでいる時プレイヤーは無意識ではいられない。ギャルゲーというジャンルはゲームユーザーの頭脳に常に覚醒を促すジャンルだったのだ。


 そこで当然のように登場してくるのがラブプラスなのですが、このゲームって、プレイヤーを常に迷わせ、選択を問うてくる「覚醒型」ゲームだったギャルゲーを、プレイヤーに無意識レベルの操作を可能にする「陶酔型」のゲームに変化させたのが画期的なんじゃないかと思っている。


 無意識レベルでの操作ってのは要はタッチパネルでいちゃいちゃとかそんなんなんですが、タッチパネルで女性キャラにタッチできるゲームなんて今までも色々あった。けどラブプラスがすごいのは、それを「日常的に」行えるようにしたことで、そうすることで、プレイヤーはそれらのいちゃいちゃを、「習慣」にしちゃえるんですよ。朝起きて、朝飯くって歯磨いて顔洗ってウンコしてラブプラスして仕事行くみたいな、特に意識しない習慣でラブプラスをプレイヤーはプレイすることになる。


 従来のギャルゲーって結構小難しく批評されるジャンルでもあったんですが、それはさっきも述べましたけど、ギャルゲーがプレイヤーの「頭脳」を覚醒させるゲーム内容になってるからです。恋愛っていう陶酔の最たるもののようなモチーフを扱うために、プレイヤーの脳みそはギンギンに覚醒してるっていう変なジャンルだったから、ここまで、大量の批評の言葉が紡がれたんだと思っています。ですが、ラブプラスに対する感想がここまで動物的な感想が多くなるのは、ギャルゲーがついに無意識レベルでの操作、つまり「陶酔型」のゲームに到達できたということなんだと僕は思っています。


 んで、ここまで書いておいてアレなんだけど、俺まだラブプラスやってないのね。だって売ってないんだもん。全体的に文章ガチャついてるのはそのせい。


 あと従来のギャルゲーって言ってもお姉ちゃんばらみたいなのは外してね。ごめんね。