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ヒックとドラゴンのゲームっぽさについて

 ヒックとドラゴンのネタバレガンガンしてるから注意してねー。


 世評の高いヒックとドラゴンを観てきた。評判に違わず大変面白かった。んで、ちょいと気になったのが、この映画ってスゴくゲーム的っていうかこれ作ってる人って確実にゲーム意識してるっしょってところが至るところにある。でも、なんかネットのレビューを眺めてるとその辺を指摘してるところが少ないってかほぼ無い。ってなわけでヒックとドラゴンをゲーム的観点から語ってみようと思う。


 ゲームというのは、ルールであり、機能である。敵の弾に当たれば死ぬ、剣を振って敵に当たれば敵が死ぬ。ルールを熟知し、誰よりも巧みに機能を駆使したものが勝つのがゲーム世界である。

 
 「ヒックとドラゴン」はオープニングで世界を支配するルールを説明し、敵キャラクターと味方の最強キャラクターを説明する。


 そして中盤からのヒックとトゥースの交流シーンで、トゥースの機能を丹念な試行錯誤からデザインし直し、練習シーンで、機能に習熟していく(ゲームが上手くなっていく)ヒックを描き、今まであまり知らなかったドラゴンの習性を知る事で、既存のルールとはまた違う、より深いレベルでのルールを把握していく。

 平行して描かれる訓練シーンでは、トゥースとの交流から得たルールによって、なかばチートキャラと化したヒックが、既存のルールに縛られている周囲の世界から抜きん出た存在として脚光を浴びることになる。既存のルールに精通した優等生に小突かれたりイチャイチャし始めたりもする。その過程で、ドラゴン側を規定する決定的なルールを知っちゃったりもする。


 そんなヒックが最終的に目論むのは、世界全体のルールの改変である。なんかこういう紹介してるとデスノートの月君みたいね彼。まあでも彼が目指すのは、最強のプレイヤーとしてゲーム世界に君臨することではなく、ゲームルール自体を設計するゲームデザイナーであることなのだ。そういう意味では似てるっちゃ似てる。


 最終的にその世界のルールを改変しようする試みは成功し、その代償としてヒックは足を失ってしまう。その描き方も苦い部分もありつつ、機能的にはある種洗練された部分もあんじゃね?だってトゥースのパーツとガッチリ噛み合ってるしっていう苦みと表裏一体のポジティブさすら漂わせていたように自分は感じてしまった。


 ざっくりと語りましたが、本当はもう少し丹念に語っていきたい。それくらいこの映画ってゲーム的感覚で貫かれてると思う。でもそんなことやってるとブログ更新をとんとしなくなってしまうので、今日はこの辺で。