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森薫の驚異的な書き込みの果てにあるもの

書き込みのすごい漫画家と言えば必ずと言って良い程に名前が挙がるのが森薫だが、書き込みがすごいというなら他にもすごい漫画家は居る。では森薫はその書き込みの果てに何を描こうとしているのだろう?

 

ここでは、現在も連載中の乙嫁語りの一巻に収録されている、「お守り」という話に注目してみよう。この一篇には、森薫が漫画を描く動機、描くことを通して到達しようとしている境地みたいなものが描かれているのではないかと思う。

 

ストーリーを簡単に説明すれば、主人公のアミルとカルルク夫妻の兄嫁のまだ小さい子供、ロステムが大工の爺さんの家で仕事風景を眺めることで、その手際に魅了される、日常のなんてことの無い一コマを切り取った話である。

 

「見る人」であるロステムの視点は、読者である我々の視点と同期する。ロステムが大工の仕事に魅了されるように、我々は、その大工の仕事を描く森薫の手際に魅了される。漫画の中で上手い絵という設定でなんとも言えない微妙な絵が提示されると興ざめするが、森薫の丁寧な筆致にはそんなマイナス要素は微塵もない。この時点で、我々は森薫の漫画に「持って行かれて」しまう。

 

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おそらく大工の仕事を仰ぎ見るロステムに視点は、森薫の視点でもあるのだと思う。細かい模様の入った民族衣装や、美しい細工の凝らされた建築物に魅了されているのは他ならぬ森薫自身でもあるのではないか。

 

そして当然「作る人」である大工の爺さんもまた漫画職人としての森薫である。自分が仰ぎ見る美しい何かを、「エマ」の連載を通して飛躍的に漫画家としての実力を向上させた森薫はその美しい何かを自分の手によって描くことが出来る。

 

絵の上手な漫画家の流麗なタッチや細かく描き込まれた絵は、一歩間違うと描く漫画家のドヤ顔がちらつく嫌味が漂い始めるが、森薫の漫画がそうならないのはロステムのような美しいモノや鮮やかな手際を仰ぎ見る視点を失わないからだろう。森薫が驚異的なまでに書き込む理由、それはその先にある美しいモノへの圧倒的な憧憬と信頼があるからである。森薫が希有な存在であるのは、子供のような純真な視点と、熟練の職人の確かな技術が高い水準で両立しているからである。同時代に生まれてリアルタイムで作品が読み続けられることがこれほど嬉しい漫画家はそうそう居ない。

 

乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)

乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)