1983年の『ハイパーオリンピック』

 言わずと知れた2D横スクロールアクションの代名詞的大傑作『スーパーマリオブラザーズ』、このゲームがリリースされたのは1985年だが、この一年前にもう一つの2D横スクロールアクションがリリースされている。それは1980年代前半において、世界で最も勢いのあったゲームメーカー、ナムコによってつくられた『パックランド』である。


 『スーパーマリオブラザーズ』の一年前にリリースされていたことをもって『パックランド』は『スーパーマリオブラザーズ』のルーツ的な作品、多大な影響を与えた作品として扱われることは非常に多い。なんだったら『スーパーマリオブラザーズ』は『パックランド』のパクリみたいな心無いことを言われることもあったりする。


 なぜこの2作は並んで語られることが多いのかと言えば、1年という絶妙なスパンで立て続けにリリースされたことと、「横スクロール」アクションという誰が見ても明確な共通点があるからなのだが、実は『パックランド』にかなり近いタイミングで一本の「横スクロール」ゲームがリリースされている。


 『エキサイトバイク』だ。



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 『エキサイトバイク』のディレクターを務めたのは『スーパーマリオブラザーズ』のディレクターでもある宮本茂である。『エキサイトバイク』は横スクロールという要素以外にもコース上の障害物をジャンプ中の身体制御によって上手く乗り超えたり、ターボボタンによる加速スイッチ要素など、次の年に出る『スーパーマリオブラザーズ』につながる要素が多々見られるルーツ的な作品である。ディレクターが同一であることからもこの2つは分かち難いつながりがあることは間違いない。


 そして『パックランド』のリリースが1984年8月1日、『エキサイトバイク』のリリース日が1984年11月30日であるため、両者には約4カ月程度のスパンしか離れていない。当時のかなり素早い開発体制を考慮しても、両者はほぼ同時期のリリースと考えるべきで、影響関係はほぼ無いと言っていいだろう。


 『パックランド』と『スーパーマリオブラザーズ』の最大の共通点である「横スクロール」という要素は、『パックランド』と『エキサイトバイク』がほぼ同時期にリリースされていたという事実を踏まえると、『パックランド』が「横スクロール」という可能性を切り拓いてその影響を『スーパーマリオブラザーズ』が受けたという可能性は低いのである。


 ではこの両者には影響関係は全くないのだろうかと言えばそんなわけでもない。当事者である宮本茂の発言を引用しよう。

 飯野 なるほどね。でも、『スーパーマリオ』の登場は、すごく突然な感じがしたんだけど。ゲームの進化の中で突然あの世界は(笑)。


宮本 『パックランド』がありました。それまでにジャンプゲームというのをつくってましたでしょ。僕はナムコシンパで、ジャンプゲームをやってこないナムコにすごい敬意を払っていたんです。僕らがつくっているジャンプゲームをいじってこない。ところが、『サーカスチャーリー』とか、よその会社からその手のゲームがどんどん出てきて、我が社も当然、一番最初の『ドンキーコング』のときにスクロール的なものを始めている。あの頃すでに、『スクランブル』とかはあったから、スクロール基板が欲しかった。それが、『マリオブラザーズ』で一応完結しましたね。しかし、でかいキャラクターのスクロールジャンプゲームとなると、うまくいかない。唯一あったのはカメを上から踏むっていうアイデアだけ。


飯野 何で突然、カメを踏もうと思うんですか(笑)。そこが変ですよ。


宮本 キャラクターが小さいと分かりにくいから、大きくなった時に踏むというジャンプゲームの実験はしてたんです。そんな時にナムコから『パックランド』が出てきた。ゲームセンターで、僕、東京に行ったときに『パックランド』が置いてあって、ナムコがジャンプゲームに手を出してくるのかと、それなら俺がやってやろうじゃないかと。それがきっかけ。


飯野 そういえば、僕もナムコが好きでしたね。


宮本 まあ、尊敬するゲームというとナムコの『パックマン』やからね。僕は、目に刺激が少ないし、シンプルでゲームの原理が見えやすいので黒バックをずっと守ってきたんだけど、もうそろそろ潮時かなとも思ってたしね。ハードで刺激的なものをつくろうと思ったら、そろそろ青空バックでとも思っていたし。最終的に制作に入っていったとき『パックランド』が影響してますね。だから、詳しい人は『パックランド』の真似をしましたみたいに言う人もいるけれども、『パックランド』とは全然違うゲームなんですよ。でも、ナムコがあれをやってきたから、僕のマリオは動き出したというのはありますね。


 以前の記事でも触れたのだけれども、他でもない、宮本茂が、『パックランド』のゲーム内容的な面で影響を受けたというよりは自身が『ドンキーコング』などで開拓したジャンプアクションという分野に後乗りしてきたタイトルとして認識し、それに触発されて『スーパーマリオブラザーズ』が動き出したと発言してるのは非常に重要だ。こないだの決算の質問でも語ってたけど、宮本茂がリスペクトしているのは何処までいっても『パックマン』であって、『パックランド』ではないのだ。


 ※先日行われた株主総会の質疑応答においても、宮本茂が『パックマン』をリスペクトしているという姿勢は変わってなかった。流石……!


 とはいえ、この手のインタビューの発言はあまり真に受けるものでもない。宮本茂だってちょっとカマしてみたかった時だってあるだろう。では発言以上に重要な、ゲームの中身の部分で『パックランド』と『スーパーマリオブラザーズ』に共通点が無いか、「横スクロール」以外の要素で両者に共通点が無いのか確認してみよう。


●「攻撃手段」があまりに多彩な『スーパーマリオブラザーズ』 


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 以前、私が電ファミニコゲーマーの連載でまとめて振り返ったのだけれど、『スーパーマリオブラザーズ』のルーツは、ジャンプゲームの元祖である『ドンキーコング』にあり、さらにそのルーツには『パックマン』がある。


 『パックマン』の画期性は挙げていったらキリがないほどあるが、その中でもパワーエサを取ることで、移動しながら攻撃も出来るというプレイヤーキャラクターを「多機能化」した点は非常に重要である。そして、そここそが『ドンキーコング』に強い影響を与えている。


 そこから、『ドンキーコング』のディレクターである宮本茂は、いくつかのタイトルを経ながらジャンプ操作とそこに含まれる攻撃機能を磨きに磨くことで、その集大成として「スーパーマリオブラザーズ』に辿り着く。


 『スーパーマリオブラザーズ』のマリオが発揮する攻撃機能は驚くほどに多彩だ。踏んづけ、かちあげ、甲羅を利用した轢殺攻撃、ファイアーマリオになってからの遠距離攻撃、『パックマン』直系の無敵アイテムをゲットしてからの問答無用の体当たり攻撃などなど、アサルト性能が高まりに高まったキャラクターに仕上がっている。


 一方、『パックランド』の攻撃内容は『パックマン』からあまり進化していない。『パックマン』を今振り返って驚くのはキャラクターを踏んづけても踏んづけ攻撃が出来ないところだ。後発の『スーパーマリオブラザーズ』の踏んづけがあまりにも一般に浸透し、スタンダードな立ち位置になってしまったからこそ思うことだと思うのだけど、それにしても『パックランド』は攻撃の多彩さという点において、後発であるとはいえ、『スーパーマリオブラザーズ』に大きく差をつけられてしまっているのである。


 だが、だからと言って『パックランド』がダメなゲームなのかと言えばそんなことはない。


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 詳細は上記の記事を読んでもらうのが一番だと思うのだけど、『パックランド』は攻撃面での多彩さでこそ『スーパーマリオブラザーズ』には劣るものの、優れた点も多数ある。特に言葉の説明に頼らず背景の移り変わりでそれとなく背後のストーリーを感じさせる手法などは、非常に先進的なゲームデザインだったことは間違いない。今になって振り返ると『LIMBO』や『INSIDE』に近いゲームなのではないかと思う。


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 そして何よりその独特の操作系である。十字キーやレバー操作ではなく、左右の移動をそれぞれのボタンを連打することで行うというそのあまりに独特かつ独創的な操作システムこそ、『パックランド』を『パックランド』足らしめている最大の特徴である。


 と言いたいところなのだけど、実はこのボタン連打移動システムって『パックランド』が最初というわけではなく、それより先に実装していたゲームが存在しているのである。


 そのゲームとは、1983年にアーケードでリリースされた『ハイパーオリンピック』だ。

 
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 よくよく考えてみるとボタンの連打で移動する『ハイパーオリンピック』と『パックランド』の操作系は似ている。ジャンルが違うとはいえ、『ハイパーオリンピック』の100m走などは横方向への画面スクロールだってしているし、ハードル走などは横スクロールアスレチックアクションとも言えなくもない。さらに言ってしまうと、『パックマン』や『スーパーマリオブラザーズ』よりも先に真昼の自然光が差し込む空間を舞台にしたゲームにもなっている。もっと言ってしまえば競技場で横方向に移動して競争する画面は『エキサイトバイク』にもそっくりだ。


 実は、横スクロール、昼を舞台にした明るいステージ設計、ボタン連打移動などなど、これらの要素は『パックマン』に共通しているし、ボタン連打要素を除けば『エキサイトバイク』にも共通する要素なのである。


 そう考えてみると、1983年の『ハイパーオリンピック』はとんでもなく後世に大きな影響を与えたタイトルなのかもしれない。『スーパーマリオブラザーズ』のルーツとして『パックランド』をあげる人は腐るほどいるが、『パックランド』や『エキサイトバイク』の、そしてさらにその果ての『スーパーマリオブラザーズ』のルーツとして『ハイパーオリンピック』をあげる人は見たことがないので、まだ仮説段階ではあるが、気づいてしまったのでここに記す次第である。


 というわけで、時節柄を踏まえてオリンピックを讃える記事でした。