観客の感覚を麻痺させる映画、観客の感覚を拡張させる映画

 最近あまりにテンションの高くて長いゲームにまつわる文章を連発し過ぎたので、たまには軽く映画の話でもしましょう。


 自分は聴いた事がないからわからないんだけど、拳銃の発射音ってどれくらい大きいんだろう?


 運動会とかで使う号砲を成らすピストルとか、縁日とかで売ってるようなかんしゃく玉とか、爆竹ってかなりデカイ音がする。近くで聴いたらまず、しばらくは耳鳴りがやまなくなる。機種によりけりだろうし、一概には言えないだろうけど、爆竹とかかんしゃく玉より音の小さい拳銃って消音機でもつけない限りなかなか無いだろうなと思う。


 でも映画の中で拳銃を発射する音で耳鳴りが起きるようなことってまずない。拳銃一発どころか、映画ではもっと大変な事態、大規模な戦争を描いたり、天変地異を描いたりするけど、腰が抜けて鼓膜が破れそうになるほどの音って聴いたことがない。ってかそんな耳が潰れるほどデカイ音を出す映画館なんて営業できるわけないだろうしね。東京とかでたまに行われてる爆音上映みたいなイベント的な形式じゃないと無理だろうし、それだって限界はあるだろう。まああくまで興行なんだから当然と言えば当然の話だ。


 まあでもそこからわかるのは、映画という形式は、どんだけ映像的にド迫力の絵を出せるようになったとしても、音量をそれに合わせて上げるわけにはいかないってことだと思う。つまり、映画は、拳銃の音をリサイズしなければならないメディアなのである。一発撃つたんび耳鳴り起こす映画なんてちょっと観たいけど、まあ存在することは難しいと思う。


 んで、話はようやく本題なのですが、最近観てきたイングロリアスバスターズと、母なる証明、この二本の映画は、この映画が鳴らせる音の限界量みたいなものに、すごく自覚的な映画なんじゃないかなと俺は思ったわけです。


 まず、イングロリアスバスターズでは、銃の発射音自体もかなり大きめに鳴らす映画でしたが、銃を発射するまえに必ず静かな会話シーンだったら、ちょっとした溜めのシーン、まあ出来るだけ音が無いシーンみたいなのを用意することで、拳銃の音が最大限大きく感じられるように、シーンを設計してるんじゃないかなーとか思わされました。


 だからこそ、あの映画の暴力シーンの一つ一つが鮮烈に映るんだろうと。まあ映像的なキレが素晴らしいってのも当然あるんですけどね。


 でもそんな風に銃の存在感を高めているイングロリアスバスターズでも、やっぱり一番衝撃的なシーンは、あのバットのシーンなんだよね。どんだけ頑張っても銃の音は、実際の音よりも小さくせざるを得ないのに、バットでぶん殴る時の音って、わざわざ音量下げる必要は無いんで(多分大きめにしてるんだろう)、そのまんま迫力というか、嫌な感じがダイレクトに伝わってきてしまうんですよ。


 んで、話は母なる証明へと移っていくんですが、この映画には、銃は一切出てこないんだけど、イングロリアスバスターズでのバット的ないい音鳴らすアイテムだったりいい音ならす舞台が次から次へと登場してくるんですよね。冒頭のなんか薬草の束を裁断する道具とか、路地の暗がりから飛んでくるコンクリの塊とか、トジュンがくわえされられるリンゴだとか、ジンテが尋問する時に使う廃園になった遊園地の鉄の階段とか、動かなくなった観覧車とか、パイプレンチとか、挙げていったら本当にきりが無いんだけど、この映画に登場するアイテムとか舞台って、おそらく映画における銃みたいに、音のボリュームを下げる必要が無く、映画館で原寸大の音を聴かせるのに丁度いいセレクトになってるんじゃないのかなって思うんです。あ、このアイテム使ってこんなことやったらこんな感じの音鳴りそうみたいな。


 だからトランスフォーマーみたいな映画が映像の迫力を上げれば上げるほどに、音響的にはボリュームダウンせざるを得ず(だってそんなことしたら耳破壊されるし)、結果的に嘘くさい印象がどんどん増してきてしまうのとは対照的に、イングロリアスバスターズのバットシーンとか、母なる証明の全編にわたる音の演出は、観客の耳に原寸大の音の迫力で、ダイレクトに伝わってしまうのではないかと観ながら思いました。


 まあ原寸大って言ったけど、母なる証明に関しては、多分全体的に音を大きめにしてて、普段なら聞き漏らしてしまうような蠅の羽音だったり、炎の勢いが次第に増していく時の揺らめく音がやたらキッチリ聞こえてくるんで、あの映画って観てるうちに観客の感覚が鋭敏に拡張するような仕掛けになってんじゃないかなあとも思ったりしました。そう考えると逆に2012とかトランスフォーマーみたいな映画は観客の感覚(特に聴覚)を麻痺させてるんだろうなとも考えられるなと。まあそれが悪いってわけでもないんですけど。


 いやしかし、母なる証明で起こる、特にけが人もでないあの事故シーンには本当にビックリしました。映画館で声あげたのなんて初めてだよ。