マリオのジャンプはなぜ優れているのか?そしてスプラトゥーンはなぜ「面白そう」なのか?

「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」


 これは、任天堂のゲームクリエイター宮本茂の言葉である。この言葉ほどアイディアというものの本質を突いた言葉は無く、故・横井軍平の「枯れた技術の水平思考」に匹敵する名言だと思う。


 ではこの言葉の示すアイディアとは具体的にどのようなものなのだろうか?その答えはこの言葉を発した当人である、宮本茂が作った大ヒットタイトル、「スーパーマリオブラザーズ」の「ジャンプ」というアクションに込められている。


 「スーパーマリオブラザーズ」における「ジャンプ」というアクションは、目の前の障害物や落とし穴を乗り越えるという機能以外に、頭上のブロックを叩く、「ジャンプ」からの落下地点にいる敵キャラクターを踏んづけるという機能を持っている。だから「ジャンプ」で障害物を乗り越えた先にいる敵を踏むという複数の行為を一つのアクションの中で行うことが出来る。一つのアクションに対して複数の機能(ファンクション)を持たせることで、プレイヤーの目の前に立ちふさがる複数の問題を一気に処理することが出来るのが「スーパーマリオブラザーズ」における「ジャンプ」なのである。まさしく冒頭の宮本茂の言葉を体現したアクションだと言えるのではないだろうか。


 この複数の問題を一気に解決してしまう「ジャンプ」と、Bダッシュというアクションが組合わさることで、「スーパーマリオブラザーズ」というゲームは恐ろしいほどの短時間でクリアが可能なゲームになっている。



 このプレイ動画は本当に極端な例だとしても、操作に習熟することで、障害の複数同時処理が次々と可能になり、プレイに要する時間が劇的に短縮することで自分の技術の向上が実感出来るのが「スーパーマリオブラザーズ」というゲームの優れた点だが、その美点は、「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」という宮本茂の根底にある考え方から産み出されている。


マリオのジャンプが優れている理由、それは複数の問題を一気に解決するという、優れたアイディアそのものを体現したアクションだからなのだ。

スプラトゥーンが面白そうな理由

 というわけで、ここまでは前振りで、本題はここからである。マリオのジャンプ小話で満足した人はここで読むの止めてしまってもいい。



 いやー、本当に困ったもんで、自分は「スプラトゥーン」が発表されて以来、ずっと「スプラトゥーン」のことばっかり考えてしまっているのだ。


 任天堂の新規IP、「スプラトゥーン」がどんなゲームなのかと説明すると、主人公がイカに変身できるTPSタイプのゲームで、広範囲に広がるペイント弾を撃つことで地形を自分の撃ったペイント弾の色に塗り替えることが出来て、そこでイカに変身すればそこに潜って高速移動したり、普段は移動できない壁にも登れたり…なんて言葉で説明しても意味がわからなくなる一方なので、まずは以下の動画を観て欲しい。その方が圧倒的に話が早い。





 動画を見てもらえばわかるように、このゲームにおける「撃つ」というアクションはペイント弾でステージにインクをぶちまけることを通して、このゲームの勝利条件であるより多くの面積を塗るという目標に近づく行為であり、敵を撃破出来る攻撃手段であり、自分がより自由に出来る移動手段の確立であり、弾丸の補給ポイントの設営である。


 そしてもう一つの主要なアクション、「イカに変身する」というアクションは、より高速に移動する手段であり、敵の攻撃から身を隠す手段であり、敵に気付かれないように身を潜める手段でもあり、弾薬をリロードする手段である。


 もうおわかりだろうか。「スプラトゥーン」というゲームは、既に説明したように「スーパーマリオブラザーズ」におけるジャンプと同等、なんだったらそれ以上に、一つのアクションに対して複数の機能が込められたゲームなのだ。


 一つのアクションに対して複数の機能をぶち込みまくっているこのゲームが結果的にどのようなゲームになったのか、面白いゲームになってるのかは、正直まだわからない。なんせまだ発売してないし。対戦ゲームはバランス調整がキモなので、ちょっとした見落としからつまらない必勝法が見つかったりして、容赦なく失敗したゲームという烙印を押されてしまう。この辺りの評価は実際遊んでみないとまだ出来ないだろう。


 しかし、なぜだか「スプラトゥーン」は「面白そう」だ。とても「面白そう」に見えてしょうがない。FPS、TPSといったシューティングゲームにあまり馴染みが薄い人にも「面白そう」と思っている人は多いように見受けられる。それはなぜだろう?


 その理由は幾つか考えられる。「スプラトゥーン」のプロモーションムービーやプレイ動画ではそのシステムや勝利条件からプレイヤーキャラクターが移動しながら撃つ、もしくは移動からの攻撃への移行が滑らかに行われいるが、この絵面が単純に映像的な快感に満ちている。ピクサーの 「Mr.インクレディブル」のフロゾンや「X-MEN フューチャー&パスト」のアイスマンが、氷で自分んお移動経路を作りながら攻撃する様が観ていて生理的に気持ちいい映像であるように、「スプラトゥーン」のペイント弾を撃ってからイカに変身して潜って高速移動してそこからまたジャンプして人間に戻ってまた撃ってという、小気味よいアクションの連続は映像体験として気持ちがいい。



 更に、サウンド面も秀逸だ。弾を撃った時の音、着弾した時の音、イカに変身して泳いだ時の音、どれもこれも聴いてるだけで心地良い。この辺りが良く出来てるために、まだプレイしても居ないというのに、きっとプリミティブな操作の快感に満ちているに違いないとプレイする前から断言してしまいたくなる。落ち着け落ち着け、断言するにはまだ早い。でも効果音やゲーム中に流れているBGMが秀逸な出来かどうかは今の時点でもある程度の判断は出来る。豊かなサウンド体験が以下にゲーム体験を豊かにしてくれるかについては、今更説明するまでもないだろう。ゲームサウンドの面からも「スプラトゥーン」は「面白そう」に見える、いや、聴こえる。


 そういった幾つかの理由があって「スプラトゥーン」は「面白そう」に見えているのではないかと考えているのだが、自分は、「スプラトゥーン」が「面白そう」に見える最大の理由もまた、一つのアクションに対して複数の機能を込めるという部分にあるのではないかと思っている。


 一つのアクションに複数の機能を込めることで、「スプラトゥーン」のゲーム映像は至ってシンプルだ。幾つか補助的な動作はあるものの、大体撃って、移動して、イカになるっていう3つのアクションで構成されている。だから、映像を見ている時に何をしているのか良くわからないという状態が起こり辛い。言葉で説明すると意味が良くわからない人間からイカへ変身して着弾ポイントのインク溜まりを高速で泳ぐっていうアクションが映像で見るとするすると直感的に飲み込めてしまう。


 しかし、少ないアクションで構成されることでシンプルで伝わり易い映像になったは良いが、シンプルなだけで底の浅そうな、単調な映像に見えてしまったのでは「面白そう」には見えないだろう。「スプラトゥーン」のゲーム映像が面白そうに見えるのは、基本的なアクションに対して複数の機能が割り当てられているため、映像の持つ意味に幅が生じているからだ。やってることは単純なのに起こっていることはやたらと多彩だからだ。


 最後にまとめよう。「スプラトゥーン」が面白そうに見える理由。それはアクションはシンプルなのに、アクションが起こす結果に幅があるからだ。それは、一つのアクションに複数の機能を込めるというマリオのジャンプに通じるゲームデザインによって発生する幅の広さである。もっと簡単に言ってしまえば、間口が広そうで、敷居は低そうなのに、奥行きは深く見えるようにきっちりデザインされているからである。


 「スプラトゥーン」は宮本茂の言うところの「アイディア」の力を見せてくれているのではないかと思う。だからこんなにも「面白そう」なのではないだろうか。発売が今から楽しみだ。


 以上で自分が言いたい事は大体言ってるので、ここで読むのを止めてしまってもかまいません。そもそも「スプラトゥーン」に興味が無い人ならマリオの部分だけで読むの止めてもいいのかも。以下ダラダラと「スプラトゥーン」と関連ありそうなアレコレを挙げてこのゲームの新しさについて考察してますが、長いんで好きな人だけどうぞ。

スプラトゥーンの新しさについて考える

 次に、とっても「面白そう」なスプラトゥーンの新しさについても考えてみよう〜!この辺から段々地雷原に突入していくような気持ちになっているんだけどまあいいや。


 まず、「スプラトゥーン」における、「撃つ」というアクションについて考えてみよう。やはりこのゲームで目を引くのはペイント弾という要素であり、過去に 「color wars」という未発売だが映像だけは残っているタイトルが…ってペイント弾なんて要素はぶっちゃけどうでも良いので触れない。自分が考えたいのは「撃つ」というアクションと「移動」を結びつけたゲームの系譜である。


 3次元空間で「撃つ」事と「移動」を結びつけたゲームは色々ある。ゼルダの伝説でしばしば登場する、フックショットや、トゥームレイダーにおける縄付きの弓矢、そしてなんといっても「portal」におけるポータルガン。



 これらのゲームは「撃つ」というアクションを単なる攻撃手段とはせずに、それを駆使して空間を「移動」する面白さをゲーム中に取り入れて来た。「スプラトゥーン」もまたそれら「撃つ」と「移動」を合わせたゲームの系譜上に位置するゲームと言える。しかし、「スプラトゥーン」がそれらのゲームと違うのは、今のところ、対戦をメインとしたゲームになっているということだ。ゼルダやポータルが大旨探索型のゲームであることに対して明らかに違うポイントだろう。


 個人的には「スプラトゥーン」の自分で撃ってインクを塗った跡を泳いで「移動」できるシステムは探索型、パズル型のゲームにも非常に相性が良いのではないかと思うので、ソロで遊べるモードも充実させて欲しいなと思うのだがどうなるんだろう。対戦ゲームに組み入れたことでどうなるかも非常に気になるところではあるので、結局どっちも欲しいのだけど。この辺りはどうしたって今は想像を巡らせることしか出来ない。なんせ発売してないし。最近のインタビュー情報だとソロモードも載るみたい。非常に楽しみ。


 次にイカに変身するということとそれに伴い生じる、高速移動、カバー/潜伏、リロード機能等について考えてみよう。


 3D空間でキャラクターが変身することによって基本性能が変化し、元の状態とは違ったアクションによって通常状態では行けなかった場所へも到達可能にするという事例は、「マリオ64」におけるメタルマリオ等かなり昔、3D黎明期から存在し、最新のゲームだと「インファマスセカンドサン」の主人公が煙状態になって高い場所や格子状の壁を容易にすり抜けることが可能になるなんていう例がある。「ゼルダの伝説トワイライトプリンセス」における狼変化なんてのもこの系譜上にあると言えるだろう。



 これらのゲームにおける自分の状態、もしくは形状が変化することによって性能が変化するというアイディアは先ほどの「移動」の例で挙げたタイトルと同じように、主に探索型のゲームで用いられてきたアイディアである。ここでもまた「スプラトゥーン」の個性的なポイントは対戦型のゲームに探索型ゲーム向きのアイディアが投入されているということだってことが見えてくるのではないだろうか。


 ではもう少し視点を変えて、スプラトゥーンの変身が持つ基本的な性能、インクに潜ることで、敵からの攻撃を回避するというカバー性能について考えてみよう。


 カバーアクションと言って真っ先に名前が挙がるタイトルと言えば、やはり「ギアーズオブウォー」だろう。このゲームが優れていたのは、グラフィックス、敵のAI、洗練されたレベルデザインなど色々あるが、やはりギアーズと言えば一つのボタンでキビキビと起動させられるカバーアクションだと思う。このゲーム以降、シンプルな操作、1ボタン操作でカバーアクションを取るゲームはたくさん生まれたが、カバーする操作の感触の良さまで含めてカバーアクションで一番良く出来てるのはやはり「ギアーズオブウォー」だと個人的には思う。



 もう少し昔のタイトルを振り返ってみると 「kill switch」とかカバーアクションの系譜を探れそうなタイトルが幾つかあるが、1996年に誕生した「タイムクライシス」というタイトルに注目してみたい。このゲームはTPSとは違って自分から移動することが出来ないガンシューティングゲームだが、このゲーム最大の特徴は、物陰に隠れるという動作、要はカバーと同時にリロードも一度の操作で行ってしまうという、今見てもなかなかに洗練された操作方法にある。



 一つのボタンでカバーアクション、回避アクションを行うゲームの先例として「ギアーズオブウォー」があり、カバーアクションとリロードを同時に行ってしまう先例としてギアーズよりさらに以前に「タイムクライシス」がある。ではそのような先行事例を踏まえた上での「スプラトゥーン」のユニークさ、新しさとは何か?


 それは、1ボタンで、カバー、リロード、に加えて高速/特殊移動が可能になるって所だろう。カバーアクションにありがちな、その場に籠る、籠城する、っていう移動が制限されがちなスタイルと異なり、カバー、リロードしながら逆に移動性能が増すっていう常軌を逸した発想が「スプラトゥーン」とその他カバーアクションとで明らかに一線を画すポイントになっていると思う。


 まとめてみると、「スプラトゥーン」の新しさとは陣取りやペイント弾を使用したシューティングという部分部分の要素にあるのではなく、先に面白さについて考えた項で述べたように、一つのアクションに対して機能を複数持たせているという操作系そのものが新しいのではないかってことになる。従来のTPS、FPSの操作体系を圧縮してコンパクトな形にしてしまったところこそが「スプラトゥーン」の新しさなのではないだろうか?まだ開発中のソフトなので、まだ操作系に変化が加わる可能性はあるが、基本機能に関しては現在判明している情報からそこまで大きな変更が加わるとは思えないので、この時点でこう判断してしまって良いと思う。


 このブログでも何度かFPSというゲームシステムが如何に洗練されたものかということについて解説してきたが、まさかこんなやり方(イカに変身)というやり方で操作系方法に引き算をしてしまうとは全く考えもしなかったし、かなりの衝撃を受けた。まさかこの手、このやり方があったかと。


 従来のジャンルで新しいことをしようと思ったら、大体の場合は新しい何かを追加する方向で、足し算する方向で変化を加えようとする。マリオシリーズだって「マリオサンシャイン」ではポンプを追加したし、マリオカートシリーズだって「マリオカートダブルダッシュ」では、カートを操縦するキャラクターが2名になったりした。その結果がどうなったかと言えばポンプにしても2名で操縦システムも後のシリーズに全く引き継がれなかったことを考えればわざわざ解説するまでもなく…って自分はどっちも好きだけどね。特に「マリオサンシャイン」については色々言いたいことがあるんで続きは別の機会に。


 ここまでつらつらと「スプラトゥーン」の現在わかる範囲の新しさについて、自分なりに過去のタイトル等と比較しながら検証してみたけど、「スプラトゥーン」の独自性について本質的な検証をするのは実は非常に難しい。近代TPS、FPSの操作系をコンパクトに圧縮したのが「スプラトゥーン」の新しさであると自分は述べたが、おそらく自分が知らないだけで、「スプラトゥーン」と同じ程度に操作がシンプルなTPSが存在していてもおかしくはない。だが、「スプラトゥーン」が新しい(と思われる)のはコンパクトな操作系からのアウトプットの幅が広いところにある。「スプラトゥーン」の新しさを正確に検証するためにはインプットのアウトプットの質と幅をきっちり比較検討する必要がある。このタイトルに限らずゲームを構成するパーツや表現手法のレベルでは一通りのものが出尽くしつつある、近代的なゲームのオリジナリティの在処を検証するのは非常に難しい時代になっていると言えるだろう。


 でもまあなんだかんだ言って「スプラトゥーン」のコンパクトな操作系とそこに込められた多彩過ぎる機能性は新しいと言っていいと思うんだけどね。なんか元ネタ的な知られざるタイトル知ってる方いたら教えてください。あ、「color wars」は結構です。


 しかし、繰り返しになるが自分はまだ「スプラトゥーン」を遊べていない。以上に述べてきたことは、プレイ映像からわかった事実を基にしているので、基本的に間違ってはいないだろうとは言え、肝心要の面白さについてはなんだかんだと理屈をこねたところで未知数だ。やってみたら全然単調な作業ゲーでしたなんてオチが無いわけではないし、新しいゲームには新しいゲームならではの問題も発生するだろう。マリオカートにおける直線ドリフト問題のように。


 しかし、まだ発売前にも関わらず、延々とこんな長文書いてまで「スプラトゥーン」に触れたかったのは、やっぱり冒頭に解説したような「スーパーマリオブラザーズ」におけるジャンプと同じ性質を持つアイディアにかなり衝撃を受けたからだ。そして、そのようなアイディアを過去のアイディア、技術を捉え直すような形で実現してしまう任天堂の懐の深さには改めて恐ろしい会社だと思い知らされた。冷蔵庫に残ってた有り合わせの食材使って恐ろしく斬新な料理作っちゃう感じっていうんですか?なんかそんな感じ。というわけで、次回、長らく連載停止していたこのブログ唯一の連載記事、任天堂失敗列伝第五回を書きたいと思います。次回扱うタイトルは、「スプラトゥーン」に明らかに用いられてる過去のアイディア、技術を含んだタイトルと言ったらこれしかないでしょう。次回、任天堂失敗列伝第五回〜「マリオサンシャイン」の巻〜。乞うご期待!