「ダンジョン飯」が買えないので腹いせに九井諒子の他の作品集をおすすめする

「ダンジョン飯」が買えない。


わざわざ売り切れを告知するポップを複数の店で見かけたくらいだから相当売れているようだ。kindle版を買っちゃえば良いのだろうけど、紙で何度も読み返したい作家なので、結局まだ「ダンジョン飯」を読めていない。


というわけで、腹いせに九井諒子の他の作品集をおすすめすることにする。「ダンジョン飯」がここまで売れ切れしまくるってことはこれが初めてって人も多いんだろうし。


まず、この作者の特徴というか、面白さの1つに、丁寧で地に足のついたファンタジー世界描写というものがある。その特徴は一番最初の短編集、「竜の学校は山の上」に一番顕著に現れている。

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

竜の学校は山の上 九井諒子作品集


この本の冒頭の3つの短編、「帰郷」、「魔王」、「魔王城問題」はどれもファミコンRPG的な設定を下地にした物語というか、RPGをやったことのある人なら一度は考えたであろう問題、最後のラスボス、魔王を倒したあとの勇者ってどうしたんだろ?とか、魔王に捉えられたお姫様ってその間魔王と二人っきりで何してたんだろ?みたいな事柄についての物語である。


こういう、ちょっとヒネた、意地の悪いツッコミ目線の物語をたんなる嫌みな物語に堕さず、丁寧に丁寧に描写を積み重ねる事で、切なさを残した良質な短編として物語を紡げるのが九井諒子という人の、まず最初の美点だ。


2作目の短編集「竜のかわいい七つの子」に収録されている「狼は嘘をつかない」なんかも細田守の監督作「おおかみこどもの雨と雪」へのアンサー作として読めたりするんじゃないかって深読みしてみたりするのも面白いかもしれない。


九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)


次に挙げたい九井諒子作品の面白さは、その著作に表れ過ぎるほどに表れている多彩なアイディアである。そして、その多彩さに触れる上で一番適した作品集はなんと言っても「ひきだしにテラリウム」だろう。


ひきだしにテラリウム

ひきだしにテラリウム


200ページちょっとの一冊に33篇もの短編が収録されているこの本、自分の未来の恋人が見えるカメラを手に入れた主人公の話、異性との会話をリズムゲームにみたてた話、ショートショートの主人公であるということに気付いた主人公の話、などなどこんな一文では意味が判らないだろうけれども、漫画を読んでもらえばすぐさまその面白さを理解してもらえるであろう短編がギュウギュウに詰まった非常に贅沢な本だ。


この本を読んだ人の多くが、「このアイディアでもっと長い話に仕立てられるんじゃない?」って思うんじゃないかと思う。それくらい贅沢にアイディアを消費していく。「竜の学校は山の上」、「竜のかわいい七つの子」を読んでいても同じような感想を抱くが、常にもうちょっと読みたい、もうちょっと続きを書いてもらえないかと感じてしまう、ショートケーキのような作品を書き続ける作家、それが九井諒子なのである。


面白さは更にある。彼女の最大の魅力は、その画力にある。空を飛べる翼を持っているんだけど、その能力が決してそんなに役に立つ能力というわけではない女の子が出てくる「進学天使」、竜が実在するけどどうにも使い道のない動物として存在する世界にある大学の竜学部を舞台にした「竜の学校は山の上」(どちらも「竜の学校は山の上」に収録)。そのどちらの物語も、丁寧な描写でその奇想天外な設定に説得力を持たせているのだが、不意にそれを切り裂くかのように挟まれる「飛翔」のイメージ。言葉による説明に堕さない画とコマ割りの力、要はプリミティブな漫画の力によって読者を捩じ伏せる豪腕の持ち主、それもまた九井諒子である。


以上3点、九井諒子の漫画の面白さについて解説してきたが、九井諒子という人は、その根底に「自分とは異なる存在との共生」というテーマを抱えているのではないかと思う。


人間(猿人)とケンタウロス(馬人)の居る社会を描いた「現代神話」(「竜の学校は山の上」に収録)。書いた絵が実態化してしまう程の画力をもった主人公と出来損ないの贋作から生まれた従者との交流を描いた「金なし白緑」(「竜のかわいい七つの子」に収録)。など、例を挙げて行けばキリがないほどに、自分とは異なる何かとの共生を主要なモチーフとしている。


そのような、一見すると重くなりそうなテーマをあくまで日常描写の中で展開し、スペクタクルに満ちた画力によって着地させることが出来るのがこの漫画家のすごいところなのだが、そんな中で、非常に重要な描写となっているのが、「食事描写」ではないかと思う。「竜の学校は山の上」では竜の各部位を切り分けて食べるシーンがあるし、あとがきまんがの「金食い虫くん」なんかも面白い。「ひきだしにテラリウム」でもこれまた「竜の逆鱗」という竜を丸ごと食べる一篇があるし、「記号を食べる」なんていう変わった一篇もあったりする。自分とは異なる何かを食べる場合もあるし、自分とは異なる何かと共に同じものを食べる場合もある。


そんな九井諒子が最新作にして、初の長編として「ダンジョン飯」を描いたというのは、非常に必然的なことだったんだと思う。一見すると編集者側の企画の賜物のようにも見えるこの作品だが、九井諒子という漫画化の作家性が遺憾なく発揮された一作なのだと私は思う。


あとなー、この人の良い所は、こうやって色々テーマとか深読みして読むのも楽しいんだけど、適当に寝っころがりながら浅ーくダラダラ読める、「浅読み」にもすごく適してるところなんだと思う。だから出来れば紙版で買って色んな場所で読めるようになるのが理想なんだけど…


あー「ダンジョン飯」やっぱ読みたい!!kindle版で買っちゃおうかな…。