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仮面で読み解く宮崎アニメ

昨日の続きです。

僕が知る限り最も古い特殊部隊が登場する映画は「ルパン三世カリオストロの城」です。


あの映画に登場する、執事のジョドに率いられる暗殺部隊こそ、

1、顔を隠す
2、群れを成す
3、手際がよい(プロである)


という前回勝手に決めた、特殊部隊三原則に完全に当てはまった存在です。


カリオストロの城が特殊部隊が登場する原点であると言い切れるほど私は映画を知ってるわけではありませんが、あの映画が未だに古びない面白さを持っている理由の一端に今見ても完成度の高い特殊部隊が主人公達をサクサク追い詰めて物語のテンポを上げてることがあるのではないでしょうか。


しかし、なぜ宮崎駿はここまで早い時期にこれほど完成された特殊部隊描写をモノに出来たのでしょうか?その理由は特殊部隊三原則その一、「仮面を付けて顔を隠す」ことにあると私は考えます。

宮崎アニメは、冷酷な殺人マシーンのような人物を描写するには絵的に暖かみが有りすぎるのです。だから宮崎アニメのシリアスな悪役達はこぞって仮面を付けるのです。


仮面をつけることで得られる効果はキャラクターの内面性の剥奪です。


そのため仮面を付けてる時はあれほど不気味だった暗殺部隊も仮面を剥がれジョドの素顔が剥き出しになった瞬間にキャラクターの内面性が漏れだし、緊張感も失われてしまうのです。


宮崎アニメで最も冷酷な悪役、ムスカもまた仮面をつけています。彼の付けている仮面は「薄いサングラス」という、場合によっては内面を表現しつつ、必要な時は光の反射具合によって目を覆い隠し、同時に内面を消去する万能の仮面です。彼が最も冷酷な悪役と呼ばれる根拠はこの万能の仮面の獲得にあります。


ですから、彼が仮面を失い悪役である根拠を失う時というのは、彼が主人公に敗北し、惨めに地を這いつくばる時に他ならないのです。


他にも天空の城ラピュタには仮面を活用したシーンが多々あります。


主人公パズーがドーラ一味の仲間になるシーンを思い出してみて下さい。あそこでパズーはゴーグルという仮面を手に取り、落胆していた自分の内面にケリをつけることで、シータを助けに迷い無く向かうという演出がなされています。


宮崎アニメはこのように仮面を効果的に利用することで名作劇場的な自らの表現領域の限界を拡張してきたのだと私は考えます。