2022年ベスト短編漫画!『静と弁慶』の描く「薙刀」のある世界
最近、読み切り漫画をよく読むようになった。
そうなった一番の要因は新しい書き手の意欲的な読み切りを次々に掲載するジャンプ+を筆頭とするネットで漫画よ読み易くなったということが一番大きい。
そうやって以前よりも短編に触れる機会が増えて、面白い漫画や漫画家と出会えるようになったのはとても良いことだが、そういった作品は往々にして単行本などにまとまることもなくその時話題になって次第に忘れられてしまいがちでもある。
それはちょっと勿体ないなと思うので私が2022年に読んで一番面白かった短編のことを改めて振り返ってみたい。
その短編とはやっぱりジャンプ+にて掲載された、『静と弁慶』である。
『静と弁慶』は薙刀についての漫画である。そして私は薙刀のことを全く知らない。しかし私はこの漫画にとても感動してしまった。
●真四角に区切られたコマと躍動する薙刀
本作を読み始めてまず印象的なのは最初から最後まで、ページ全体を使いつつ常に水平に区切られたコマ割りである。通常の漫画であれば1ページの中に縦方向や斜め方向に画面を分割する枠線は、徹底して横一文字に、ページを横断する形で区切ることしか許されない。縦方向にコマの大きさこそ可変するものの、横方向のコマのサイズは最初から最後まで一定である。
なぜこのような、見ようによっては単調にもなりかねない、極端なコマ割りによって本作は描かれているのか。
それは、この作品が、漫画というメディアを通して「薙刀」を描こうとしているからだ。
良く言えば端正、悪く言えば単調とも捉えられかねないこの画一的なコマ割りのこの漫画の世界に躍動をもたらすのは「薙刀」の存在である。
常にページの横幅を目一杯使い、常に一定の広さを維持して描かれるこの漫画において、縦に、横に、斜めに、縦横無尽に「薙刀」は躍動する。
少年ジャンプ+「静と弁慶」より
一貫して漫画的な記号表現に対して抑制的な本作が、漫画的手法の代表ともいえる「オノマトペ」を駆使して、大きな音が響きわたる瞬間にも着目してほしい。『静と弁慶』は徹底して「薙刀」を中心に、「薙刀」の存在を際立たせるために漫画が構成されている。
「薙刀」の躍動を正確に捉えるために本作のコマは常に水平に広くとられている。またこの横に広いコマは、「薙刀」の大会が開かれる競技場の広さとそこにいる人々の様々な声を拾いあげる。
緊張感が漲る試合シーンの静謐さが印象に残るが、『静と弁慶』という漫画は非常に言葉に溢れた、賑やかな漫画でもある。そこに集う人々の様々な世代の「薙刀」を軸とした言葉がこの漫画の世界に厚みを与え、同時に決して多弁ではない二人の主人公、静と弁慶に対する疑問も生じる。なぜこの世界で二人は薙刀を共にふるい続けているのだろうかと。
言葉という点では、終盤の手前、深夜に弁慶と偶然出会い言葉を交わす岩村くんの言葉が印象的だ。
おそらくこの漫画の作者は薙刀を実際にやっていたのではないかと思うのだが、自身の薙刀に対する想いを代弁するかのように語られる岩村くんの言葉は、損得を超えてなにかに惚れ込んでしまった人間のあまりにもひたむきで真摯な言葉である。
少年ジャンプ+「静と弁慶」より
そんな岩村くんの言葉は弁慶に確かな響きを残す。そして最後に互いに交わす主人公二人、静と弁慶の言葉と行動はとても感動的だ。それは、この漫画がここまで丹念に積み上げてきた「薙刀」のある世界で確かに生きてきた二人の、そこで過ごした時間や想いが伝わってくるからだ。決して多弁ではなく行動的なわけでもない二人がそれでもそれをせずには居られなかった切実さに胸を打たれてしまうからだ。
私は「薙刀」のことを全く知らないし、この漫画を読んだからといって「薙刀」のことがよく理解できたわけでもない。だが、この漫画を読む前と後では、私の中の「薙刀」を見る目は確実に変化したこともまた確かだ。そんな世界の見え方をほんの少しだけ変えて、世界の奥行きを教えてくれる作品、それが私にとっての『静と弁慶』という漫画である。
●『静と弁慶』が描かれ、掲載され、読まれたのが2022年である
「静と弁慶」という作品は、決して派手な作品ではない。ことさら難解なわけでもないが、わかりやすい作品というわけでもないだろう。
最初の数ページで読者をつかまないと大半は離脱してしまうので最初にド派手なシーンとか衝撃的な展開を詰め込めみたいなネットでバズりがちな創作論に全く則っていない短編である。
だが、『静と弁慶』のコンセプチュアルなコマ割りや、派手さはないが明らかに細部まで神経の行き届いた絵柄の放つ緊張感は、最初の数ページを読んだだけでも確かに伝わる。そして実際『静と弁慶』は発表されるや否や大きな反響を呼び、現在では100万回以上読まれている。
たしかにネットでバズるためにはタイトルやサムネイルや最初の数ページで読者の興味関心を引き付け話題になりそうなネタをぶち込んでいくことは間違いではないのだろうしそのような作品が私自身嫌いなわけでもない。しかし、そのような「言葉で説明しやすいキャッチーさ」にはほとんど欠けている『静と弁慶』みたいな作品がきっちり読者に届いて読まれているのもまた事実なのである。なぜなら『静と弁慶』は言葉で表現しづらいだけで、薙刀の魅力を漫画というメディアの特徴を最大限駆使して描かれた、キャッチーな作品だからだ。
2022年とは、『静と弁慶』という一見地味だが非常に丹念に描かれた短編漫画が発表され、それがしっかり読者に届き、読まれた年だった。そのことを覚えておくためにもここに記しておきたい。