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一番面白いゼルダは一番最初にやったゼルダ

 ゼルダの伝説というゲームには、ゼルダ文法とでも呼ぶべき法則性みたいなものがあって、ちいさなかぎを使ってどうたらこうたらとか、弓矢をつかって云々、爆弾をつかって壁をうんたらみたいなお約束をシリーズ通して相当に守ってるタイトルだと思う。


 だから、最初にやったゼルダと新しい続編のゼルダでは、プレイした際の印象が、お約束を尊守しているがゆえに全く異なることになる。


 初めてやるゼルダというのは、まさに冒険だ。それこそ世界を手探りで渡り歩きながら、次第に、ハイラルに通底する法則性を見抜き、自分自身が、成長するような体験を味わうことになる。


 しかし、二回目にやるゼルダは前回に体得した法則を、そのまんま新しいゼルダの世界にけっこう適用できてしまうので、一回目にやる時ほどの手探り感を感じることは難しいのである。


 そして、おそらくここで、評価が分かれるのだと思うのだが、自分は、ある意味お約束と化したゼルダの文法をなぞりながら新しいゼルダをプレイするのが楽しいと思う。けれど、あくまで、一回目のゼルダの伝説の手探り感を求める人は、他のゼルダでは満足することは難しいのではないだろうか?


 未だにゼルダの伝説時のオカリナに対する評価が尋常じゃなく高いのは、お約束としてのゼルダ文法が完全に確立された後に、初の3Dゼルダとして、マンネリ感も上手い具合に解消できたからではないかと自分は思っている。任天堂宮本茂)のゲーム作成技術と、3次元の画像描画技術の発展が奇跡的にクロスすることで生まれた時代の寵児だったのではないかと思う。だから、お約束全開でありながら、3D空間をこれでもかと堪能できる森の神殿がユーザーの間で最も評価が高いダンジョンなのだ。


 そんなゼルダだけれども、最新作の夢幻の砂時計ではかなり文法の刷新に成功している。その最大の要因はタッチペン要素だと誰しもが指摘すると思うんだけど、これこそがゼルダの本質を如実に表してるんだと思うんだよな。ゼルダは鍵を外側から獲得するゲームで、マリオは最初から最低限の鍵を自分の身体の内に備えてるゲームなんスよね。3Dになって若干ボケたりしてるんだけど。ぶっちゃけた話が宮本茂の作るゲームって大体この2つの方向性なんですよ。外から獲得するか、内から発見し磨くか、みたいな。今のところNintendogs宮本茂による外部から獲得する楽しさの究極系で、WiiFitが自分の身体の内部から発見する楽しさの究極系なんじゃないでしょうか。


 後半かなり適当にすっ飛ばして書きましたけど、タイトルと大分見当外れな方向に進んでるので、この辺で止めます。おやすみなさい。