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直感か地道な思考か


直感ってのは大したもので、瞬時に、はるか遠い所まで思考を飛ばしてしまう。


手前味噌でアレなんだけど、ドラクエのモンスターの命名の規則性に気付いたのも、モンスターを詳細に調べていたからではなく、なんとなく直感で閃いてしまったからだ。


もちろんその直感は何も無いところから導き出されたわけではなく、ドラクエ4に登場する、「よるのていおう」という、強烈な名前のモンスターから、堀井雄二のひらがなを使ったネーミングセンスのただ事ではなさを感じていたからだ。


そうやってドラクエのひらがなのモンスターを追いかけていくうちに、ひらがなとカタカナを織り混ぜるという法則性が直感され、実際に検証してみたら、本当にそのとおりで二度びっくりというわけだ。


このように直感というのは地道な検証より、先に結論に辿りついてしまう優れた頭の働きなのである。


こういうことを書くと、地道な思考というものは、所詮直感に従属する奴隷のようなモノだと感じ反発を覚える人がいるかもしれない。


しかし、それは違うのである。直感というものは自分が薄々はわかっていることの結論へは瞬時に辿りついてしまうが、自分が全くわからないものにはまるで歯がたたないのだ。

地道な思考や検証の積み重ねは、自分自身ですら予測もしていない領域に自分自身を導き出す場合がある。全くわからないモノに対しても、その地道さがゆえに有効に対処が出来たりする。


いわゆる、天才って呼ばれたり、優れた偉業を為す人物というのは、直感的な人間だと捉えた方がわかりやすい。でも、僕は優れた人物というのは直感と同等、もしくはそれ以上に地道な思考や検証を重んじる人間ではないかと思うのだ。地道な思考や検証から生まれる未知の発見や驚きという、直感を働かせるためにとても大事な栄養素を上手に蓄えることが出来る人の事を言うのではないかと思うのだ。


常軌を逸した天才達の超人的な閃きにまつわる逸話には、圧倒されるとともにある種の無力感すら感じる時がある。凡才の地道な努力など圧倒的な直感の前には無いも同然なのかと。


だけど、ぼくはあまり悲観的には考えない。なぜなら地道な思考や検証から得られる発見や驚きがぼくにとって充分過ぎるほど「面白い」し、この先にはきっともっと大きな発見や驚きがあると確信しているからだ。そのようにぼくは地道な思考の力を信じる人間なのである。