ゲンロン8を読んでみた

ゲンロン8 ゲームの時代

ゲンロン8 ゲームの時代


SFマガジン6月号で「レディ・プレイヤー1』の公開に伴うゲーム特集を組んでみたり、『CONTINUE』が復刊してみたりとゲーム系書籍がにわかに活況を呈してきている中、基本的にゲーム系の書籍は大好物なので『ゲンロン8』もゲーム特集ということで買ってみました。


とりあえず、冒頭の共同討議「メディアミックスからパチンコへ」を読んでみたのだけども、、うーむ、全く面白くないという訳ではないし、JRPGが出版の想像力から始まっているという見立てなどは同意するものの、2000年代から現代に至るあたりの認識は、同じ時代を生きてきたとは思えないレベルでの食い違いが生じていることに戸惑ってしまったってのが正直な感想です。


まず何よりですね。この特集と付録として「ゲームの時代1991−2018」という90年代初頭から現在までの主要なタイトルを記載した年表は添付されているのですが、そこになんと大傑作『バイオハザード4』が載ってないのですよ!(ちなみに1作目と2作目は載っている)


そして『バイオハザード4』からの影響を公言し、そこにさらに洗練されたカバーシステムを搭載することで対戦型TPSとしても大ヒットした「ギアーズオブウォー』も記載されていないっていう。。


この時点で相当首をひねりつつも、『バイオ4』や『ギアーズ』のようなTPSに着目しないゲーム観があってもよかろうと思いスルーしようかなと思いきや、なぜか『バイオ4』の実質続編とも呼ばれる『デッドスペース』はなぜか年表に載っているのね。


このチョイスは全く意味がわかりません。歴史上のルーツを記載せずに、なぜ末端のみ記載するのでしょうか?


まあそれでもFPSやTPSに特に注目しないゲーム語りがあっても良かろうと思いきや、記事中にFPS、TPSへの言及はそこかしこにあるんですね。


その挙句、ゼロ年代後半以降はゲーム史の中心が解体しているので語りにくいとかいう始末…


スーパーマリオ64』や『ゴールデンアイ007』を日本のユーザーにFPS/TPS的なものの導入として作ったという見解にもびっくりしました。『ゴールデンアイ007』はまだしも『スーパーマリオ64』はFPSでもTPSでもないでしょう。この特集全体を通して1人称視点をFPSって呼んで三人称視点をTPSって称してるところがあるんですが、FPSとかTPSってどっちもシューターですからね。なんか全体的にジャンルの区分けが雑なんです。


ゼルダBotW』が世界的に大絶賛されているのは国内国外ともに、メディア関係者が『ゼルダ』『マリオ』が大好きだからでそれはおかしいとかいい出した時にはもう頭抱えそうになりました。それ以前に『BotW』を普通のオープンワールドと言ってたりして、本当にオープンワールド遊んだことあるのか聞いてみたくなりましたが、ゼルダは世界的に信者が褒めてるなんていい出したらもうこれ以上なんの話も出来ないでしょう。


そもそも『ゼルダの伝説時のオカリナ』や『スーパーマリオ64』が世界的に評価が高く、オールタイムベストに必ずと言っていいほど選ばれるのは、FPSとかTPS的なものを日本に導入しようとしたからなどではなく、3Dのゲーム文法が確立する以前の黎明期に確固たる文法を打ち立てたからゆえに何ですが、なんていうかこの共同討議にはゲームの歴史や文脈認識みたいなものがごっそり抜け落ちているように感じました。


『バイオ4』や『ギアーズオブウォー』はFPSやTPSの歴史を振り返る上で絶対に外せない転換点なのですが、それを年表から外して一体何を振り返るのでしょうか?


任天堂が国内外ですごい会社として賞賛を受けるのは、単に難解なゲームジャンルを噛み砕いてカジュアルな層向けに作り変える術に長けているだけではなく(そういう側面があるのもまた事実なので話はややこしいのですが)3Dが未開拓だった時代に確固たる文法を打ち立てた上で傑作『マリオ64』『ゼルダの伝説時のオカリナ』を送り出し、その文法すらも長年の試行錯誤の末に抜本的に更新したからこそ、『BotW』は賞賛されているのですが、それが全く見えていないのでしょうか?


挙句、FPSは欧米的でTPSは日本的とか粗雑極まりない議論を始めだす始末…。


意外と共同討議の中では一歩引いた立場で参加している東浩紀氏が一番落ち着いているし、面白いことも言ってたりするのですが…。


細かい部分をさらに指摘すると今年リリースされた新作が超高評価な『God of War』シリーズも年表から抜け落ちています。『バイオハザード』の落とし子のような形で生まれた『デビルメイクライ』(これも年表には載ってない)が自分のプレイを「魅せる」ことに特化したゲームになり、その形式を踏襲した『God of War』がリリースされ、それに衝撃を受けた『デビルメイクライ』の制作者が『ベヨネッタ』を手がけ、その制作の母体となったプラチナゲームズとヨコオタロウ氏が組むことで『ニーアオートマタ』が生まれるのですが、『ニーアオートマタ』だけを年表に記載してもその文脈は掴めないんですよ。なんか全体的に文脈への意識が低すぎるんですよね。全てを記載して言ったらキリがないってのは重々承知ですが、それでもFPSやTPSの歴史を振り返りたいのであれば『バイオ4』が年表に載ってないのは致命的だと思います。


んで、その文脈意識の低さによってこの共同討議は、「現在」のゲームシーンからどんどん乖離していくんですね。


現在がどういう時代かといえばコンシューマに限っていえば、複数の国産タイトルが続々と海外で高評価を獲得し、高いセールスも獲得している時代です。『モンスターハンターワールド』が世界で750万本を超えるセールスを獲得し、『ニーアオートマタ』も300万本を超えました。一応「ゲンロン8」の特集内でも『ペルソナ5』の制作者へのインタビューを通して世界的に高いセールスをあげているということにも触れていましたが、『モンスターハンター』への共同討議内での言及はごくごく限られたものでした。収録されたのが『モンハンワールド』発売前だったとはいえ、注目されてたのは間違い無いんだからもうちょっと言及してても良かったのでは無いかと思うのですが、、


jp.ign.com

IGNのようなゲームメディアは既に察して上記のような記事を作成していますし、私が連載を持っている電ファミニコゲーマーでもこの状況を受けてそれらの国際的な高評価とセールスをあげる制作者を集めて記事を作成しています。

news.denfaminicogamer.jp

これらの動きは何も日本のゲーム関係者だけが「日本スゲー」と騒いているわけではないことは下記の記事から辿れるインタビュー動画を作成したのが海外のメディア関係者であるということからもわかります。

www.famitsu.com


この動画で印象的なのは、高評価を得ている日本人のクリエーターが特に浮かれているわけでもなければ大きく悲観しているわけでもなく、粛々と現状を受け止めている様なのですが、「ゲンロン8」の共同討議から実は現状の日本のコンシューマ開発がこのような事態を迎えているという事実は全く伝わってこないんですね。現状を伝えるのが目的では無いにしろ、現状から乖離した悲観論を述べられても戸惑うしか無いです。


モンスターハンターワールド』が世界的に高い評価を受けているのは、「ゲンロン8」では語るべきことが無いと言われていた2000年代後半から現在に至るまでシリーズを継続して質を高めてきた末のことでしょうし、既に触れたように『ニーアオートマタ』が生まれるためには2000年代後半から現在にかけて高品質な3Dアクションゲームを作り続けたプラチナゲームズという母体が必須だったでしょうし、ペルソナシリーズが海外で高いセールスをあげるに至ったのもまた突発的に起きたわけではなく、2006年から『ペルソナ3』でシリーズの再始動に成功した後に継続した展開を続けてきた末の結果でしょう。


そのような形で脈々と続いてきたゲームの歴史、文脈が全く見えてこない。そもそも読み取れてすらいないこの「ゲンロン8」の共同討議ってなんのために開いたんでしょうか?


一応、最後にフォローしておくとIGN副編の人が書いた10の論点とかは悪くなかったし、特集丸ごとダメということでは無いので、興味がある人は買ってみると良いのでは無いでしょうか。


どっちかといえばSFマガジン6月号の方が良い特集だと思いますけどね。

S-Fマガジン2018年6月号

S-Fマガジン2018年6月号


『バイオ4』と『ギアーズ』から始まるTPSの刷新についてはまたそのうち電ファミ連載で。