『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は普通のオープンワールドなのだろうか?

しつこくゲンロン8の話題をします。


ゲンロン8 ゲームの時代

ゲンロン8 ゲームの時代


ネットでもちょこちょこ話題になっているゲンロン8の特集冒頭における共同討議ですが、今回話題にしたいのは『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド(以下BotW)』の評価についてです。


実際どんなことを言っているかは読んでみて欲しいのですが、この共同討議中での『BotW』への評価は「普通のオープンワールド」というものです。


『BotW』は、発売されて以降、主要なGOTYを総ナメにするなど日本のみならず、世界的に非常に高い評価を得たタイトルですが、そう言った中で最も厳しい評価と言ってもいいでしょう。(普通で厳しい評価ってのもスゴイ話ではありますが。)


『BotW』は歴史に残る傑作なのでしょうか、それとも普通のオープンワールドなのでしょうか。


『BotW』の評価ポイントについては大きく下記3点が挙げらると私は考えています。


①ほぼ全ての壁、崖に登れることで生まれる自由度の高さとその身体性能に合わせた世界設計


②「化学エンジン」の導入によるオブジェクトの状態変化によって発生するゲームサイクル


③『ゼルダの伝説』シリーズでほぼ固定化、伝統化されつつあった様式の刷新


①についてはこのブログの過去記事でも解説しているので、こちらを読んでもらうのが早いでしょう。


hamatsu.hatenablog.com


上記の記事で述べているように『ゼルダの伝説』の登攀システムと『アサシンクリード』のフリーランニングシステムは根本の発想が違うし、それに即したレベルデザインもまた違いがあります。『ゼルダの伝説』が自然を舞台にしたゲームだとしたら『アサシンクリード』はシリーズごとに違いがあるとはいえ、根本的には「都市」を舞台にしたゲームです。重要なのは、表面上は似たシステムを持ちながら両者は違う面白さを表現しているということです。


②の「化学エンジン」の導入によるオブジェクトの状態変化によって発生するゲームサイクルということについては、自分が開設する以上に、開発者自身が誰よりも明晰に語っているので、そちらを紹介しましょう。


「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」が実現した“かけ算の遊び” - GAME Watch


『BotW』を評価する上で、最も画期的かつ重要なシステムはこの化学エンジンなんじゃないかと思っています。


①の登攀システムについては、まだ『アサシンクリード』という類似点(と相違点)のあるゲームが挙げられましたが、化学エンジンに関しては類似作が思いつきません。木が切れるとか、草に火がつけられるとかっていう個別のパーツレベルの類似はあったとしても、「化学」という観点に沿ってオブジェクトの「状態」の変化をあくまでもゲーム的な形に落とし込んだこのシステムがなければ、『BotW』はここまで評価されることはなかったのでないかとすら思います。


繰り返しになりますが、化学エンジンを評価する上で重要なのは、個別のパーツ単位で評価してもあまり意味はないということです。その辺は『スプラトゥーン』の評価にも似ています。『スプラトゥーン』の画期性は「色を塗る」やそれに「潜って移動する」という個別のアクションが連動することで一つのゲームサイクルを確立していることにあります。化学エンジンも同様に、個別の現象単位でみれば、既存のゲームに既にあった要素かもしれませんが、それを一つの体系にまとめ上げた点に価値があるのです。


③の『ゼルダの伝説』シリーズの刷新についても非常にスゴイことをしているとは思いますが、今回の話についてはあまり関係ないっちゃないので端折ります。


というわけで、①と②の評価ポイントをまとめると、類似作、先行作があるとはいえ、それらを参照しつつも、別の面白さを提供し、パーツ単位では既視感のある要素を一つのコンセプトに沿ってまとめ上げることで『BotW』は既に出尽くした感すらあるオープンワールドシーンにかなり大きめの一石を投じることが出来たのではないかと私は考えています。同年に出た『Horizon Zero Dawn』や『Assasin`s creed ORIGINS』のようなオープンワールドの傑作群と比較しても質的な違いは際立っていたのではないでしょうか。


そしてそのような評価をしているのは私だけではなく、世界中のゲームメディア、ゲーム制作者もまた同様です。ゲームメディアのGOTYのみならず、GDCアワードや
CEDECアワードのような開発者主体の賞においても『BotW』は高い評価を獲得しました。


そこで、今月になって発売されたゲンロン8の共同討議における『BotW』の評価に戻るのですが、ゲンロン8がゲンロン8なりの視点で『BotW』に「普通のオープンワールド」という評価を下すのは別に構わないと思っています。ですが、その評価の基準は明確に知りたいとも思っています。ここまで絶賛に埋め尽くされた評価の中で非常に興味深い評価軸を提供してくれる可能性があるからです。


とかなんとか言ってたらこんなイベントが!!

genron-cafe.jp

というわけで、興味ある人はみんな行くべき。以上、宣伝でした。

(2018/6/19追記)


東さんにこんな指摘を受けたので、本文引用します。


スプラトゥーン』はとてもよくできたゲームだと思います。FPS/TPSを日本のカジュアルユーザーにどう普及させるかということを、とことん考え抜いた解だと思います。モンスターと銃ではダメなので、イカと絵の具でいけば大丈夫なのではないかという発想ですね。


黒瀬
N64で『スーパーマリオ64』を出したときと基本の構えは変わっていないわけですね。最新作の『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(任天堂、一七年、以下『BOW』)も同じでしょう。要は、トップレベルの海外オープンワールドゲームを遊びやすく作り変えたものを日本で売った。


さやわか
とはいえ、それが日本では単純に「任天堂すごい」になっている。


黒瀬
それは日本だけでもなくて、そこにねじれを感じています。全世界のゲームメディアが選ぶ「The Game Awards」という賞がありますが、一七年度は『BOW』がGame of the year を獲った。そればかりか、『スーパーマリオオデッセイ』(任天堂、一七年)までノミネートされていて、さすがにおかしいと思いました。ゲームとしての新しさやクオリティで見れば、『PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS』(PUBG Corporation' 一七年、以下『PUBG』)や『Horizon Zero Dawn』(SIE、一七年)のほうがあきらかに上です。

 同賞を選ぶメディア関係者は任天堂信者が多い。一七年は任天堂の年だという声がとにかく大きかった。でも実際のところ『BOW』はふつうのオープンワールドゲームですよ。


さやわか
キレイに作ったとは思いましたけど。しかし一七年のゲーム全体の話題では『PUBG 』のほうがホットだったのはまちがいないでしょう。

ゲンロン8 共同討議「メディアミックスからパチンコへ 日本ゲーム盛衰史1991-2018」より

引用ここまでです。まあこうやってみるとやっぱり黒瀬陽平さんが主に『BotW』を普通のオープンワールドゲームって言ってますね。

ですが、この手の座談会とか共同討議っていうのはこういう荒れ球を放る人がいないと盛り上がらないのも事実で、黒瀬陽平さんはその役割を全うしているとも言えるとは思います。下記の9時間超の放送も一応全て見たうえで、東さんが黒瀬さんの挑戦的な発言をあえて残したって言ってるのも確認しましたので、送り手側にもそのような意識はあるのでしょう。


www.youtube.com

そのこと自体は悪いことでもないと思います。ですが、荒れ球を放る役割に対して本来であればバランスを取る役というか、ツッコミ役を任せられていたのではないかという井上明人さんもそれに乗っかっちゃっているんですよ。これはちょっとなあと思いました。

井上
 ここまで日本がダメだという話ばかりしてきたけど、欧米の評価の偏りも問題です。「Metacritic」というサイトがあって、映画やテレビ番組、ゲームなどの点数をつけていて、それは「メタスコア」と呼ばれています。メタスコアは、英語圏のさまざまなメディア、ゲームならばIGNや『Game Informer』などから点数を集め、特殊な計算式で100点満点換算して得られたものです。このメタスコアの点数は、評価基準として多くのゲーム企業も使っていたりします。

 ただ、これは主に英語圏のメディアからのデータを集めるものなので、結局は英語圏のメディアで活躍しているライターの好みがモロに反映される点数になるわけです。そして彼らのほとんどは任天堂ゼルダが大好きです。アメリカでオールタイムベストを選ぶと、一位は必ず『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(任天堂、九八年)です。新作が出たら大絶賛ですけど、ある意味でそれは自動的に決まっている。

ゲンロン8 共同討議「メディアミックスからパチンコへ 日本ゲーム盛衰史1991-2018」より

確かにゼルダの評価になると欧米系メディアがちょっとどうかしちゃう感じになるってのはあるはあるんですが、とはいえそうなったのは『ゼルダの伝説 時のオカリナ』がそれだけ偉大な金字塔と呼ぶべきタイトルだからであって、このタイトルが如何に途轍もないタイトルかについては井上さん自身、ゲーム研究者であるならば、重々理解しているはずでしょう。


伊藤ガビンゼルダ評に肩入れするならそれはそれで一つの立場ですが、そうであるならばなおさら貴方は『BOW』は真面目に評価しないとダメでしょう。あ、これはわかる人にだけわかればいいです。


引用して改めて思いましたが、本当に全世界のゲームメディアをこき下ろしてますね。まあそれはそれとして、黒瀬陽平さんには是非とも彼なりの観点で『BOW』を評価してくれることを期待しています。評価が高かろうと低かろうと、新しい切り口が提示されるのであれば、それを私は歓迎します。


というわけで6月20日のイベントが楽しみです。