安易な物語化は人間の尊厳を損なう

…本当は、昨日のエントリ書きながら思いついた連載企画、「任天堂失敗列伝」の一回目を書こうと思ってたのだけれども、予定を変更してお送りします。


http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081010/1223631297

 また一冊本が書けそうなくらい突っ込み所が満載なんだけど、
まあ、信者と信者の神学論争の様相を呈しそうなので、細かいことは言いますまい。
僕が言いたいのは、大きく二点ある。


 一つめは、横井軍平の存在をそんな知ってるなら最初のエントリ
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081008/1223476399
これはとっとと修正してねってこと。

 ファミコン時代から宮本茂任天堂を一人で支えてたみたいな文章を書いといて、今回突然、横井軍平なんて人が登場したら、任天堂をあまり知らないで、この文章読んでた人は、相当面食らってるんじゃないの?1996年くらいまでは、横井システム(←もうこの言葉使いたくないよ)ってのが、健在だったらしいから、それに沿った文面に変更するのが、あなたの文章に興味を持って読んでくれた人のための誠意ってもんじゃない?それともやっぱり「釣りでしたー」とか言っちゃう?


 もう一つは、
あなたが勝手に考えた物語に、生身の人間を安易に当てはめるのはやめろ
ってことだ。


 あなたの文章を読んでいてつくづく感じるんだけど、宮本茂横井軍平は、あなたの見識の高さをひけらかすための駒じゃないんだよ。あなたの考え一つで、任天堂の歴史から姿を全く消してしまったり、やっぱり偉大な存在として崇められてみたり、横井軍平に対して、あなたのしていることはあまりに不遜な態度だと言うべきじゃないか?何かを語るってことは、大なり、小なり何かしらの物語に当てはめて考えるってことかもしれない。でも、だからこそ生身の人間をそこに当てはめるなら、節度ってものが必要なんじゃないか?横井軍平は故人だけど、だったらなおさらってもんだろ。


 確かに宮本茂という一人の英雄が任天堂を成功に導いたって考え方のほうが、スッキリしたのどごしの良い物語に仕上がるし、大量のはてブも稼げるでしょうよ。でも、そんな安易な物語は、所詮一時のつまらない慰めにしかならないような安物の物語なんだよ。


 それに反論されたら、とたんに横井軍平の一番の理解者みたいな面し始めてまた、安い物語を垂れ流す始末…。



 まあいいや、枯れた技術の水平思考の解説文なんかは、わかりやすく説明できてるし、これで、一人でも横井軍平の思考の一端に触れる人が増えれば、僕はそのことを喜ぼうと思う。あなたのようなわかり易い文章の書き方を見習おうと思う。


 それに、今回の件で、覚悟を決めた。元々自分がやろうと思っていた、任天堂や、ゲーム業界のことに関する文章を書くことに自分の力を集中することにしよう。はてな村のあれこれに首突っ込んでる暇なんてないな。この点に関してはあなたに感謝しようと思う。


 書くべきことは唸るほどあると、今回つくづく思い知ったしね。


 僕から言いたいのは以上だ。