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オタク批判は難しい

オタクを批判することは、ネットでネット批判するくらい難しい。どっちも、いやそういうお前もオタクでしょ、とかそういうお前もネットをきっちり利用してそれを言ってるわけでしょ、とか言われてしまうからだ。その姿、はてな村を批判するはてな住人が如しなのだ。


でもオタクのことを知らない人間にはオタク批判は出来ない。出来るのはキモーイだのなんだのっていう嫌悪感を露にするくらいだ。


オタク批判をする人達というのはオタクに突き刺さる言葉を探そうとしている。オタク達の認識を根底から揺さぶろうとしている。しかし、それら言葉の多くはオタクじゃない人間が容赦なく放つキモーイの一言に負けている。

どうすればいいのだろう?どうすればもっと切実なオタクの心を抉る言葉を放てるようになるのだろう?


それにはやはりオタクを誰よりも理解するしかないんじゃないかと思う。誰よりもオタクを理解して、そのことをオタク以外の人にもわかる言葉で語っていくしかないんじゃないかと思う。


そうすることでオタクという存在がオタク以外の人間からも正確に把握されるようになった時、改めてオタクの持つ価値というものが明らかになるのではないかと思うのだ。


大抵のオタク批判はオタクの内向きぶりを批判している。エヴァのオタク批判もそれだった。でもオタクによるオタク批判って行為そのものが思いっきり内向きな行為なわけで、結局大して効果がない。


だったらとっとと外へと向かうのが一番なんじゃないだろうか。


まあそこまでしてオタク批判してどうすんのって話なんだけど。


でもオイラがゲームのアレコレを書いたりするのって、素晴らしいゲームの面白さを広めたいってよりは、自分なりに本当にゲームって面白いのか?ってこととか、ゲームの面白さって一体なんなのかってことを、自分で自分に説明するために書いてるなあとは思うのだ。


結果的にすごくしょうもない、ジャンクな面白さしか見つからなくてもそれはそれで構わないと思いながらゲームをバラバラに解体したりしてるのだ。


結果的にはやっぱマリオとかドラクエは改めて素晴らしいゲームだと思えたので、良かったなと胸を撫で下ろす次第です。